政権に不都合な事実は伝えない……安保法制をめぐるNHKの政権寄り偏向報道(放送を語る会モニター報告書より)(2015)
平成27年(2015)の春から秋にかけて、安保関連法案をめぐる国会の動きが大きな注目を集めた。同法案は集団的自衛権の行使を可能にし、自衛隊の海外での武力行使の道を開くもので“戦争法案”とも呼ばれ、憲法学者の大多数が“違憲”を表明し、世代を超えて全国的な反対運動のひろがりを見せた。
この安保法案・国会審議をNHKニュースはどう伝えたか、伝えなかったか。同法案が閣議決定された5月から国会会期終了の9月まで、NHKと民放キー局の代表的なニュース番組をモニター調査した報告書「安保法案国会審議・テレビニュースはどう伝えたか」(視聴者団体「放送を語る会」2015.11.25発表 *注)などから抜粋して検証する。
安保法案・国会審議をNHKニュースはどう伝えたか、伝えなかったか?
付表1(乙2号証①)はテレビ朝日「報道ステーション」とTBS「NEWS23」で報じられた内容でNHK「ニュースウオッチ9」が報道しなかった事項の代表的な事例を一覧にしたものだが、例えば5月20日の党首討論で、ポツダム宣言について「つまびらかに読んでいない」との安倍首相の答弁をNHKニュースウォッチ9は伝えていない。
5月10日の衆院特別委で安倍首相の「早く質問しろよ」などのヤジも当日は伝えず、翌日報道。
また6月1日の衆院特別委で、「日本に対して攻撃の意思のない国に対しても攻撃する可能性を排除しない」とする中谷防衛大臣の答弁、8月5日参院特別委「後方支援で核ミサイルも法文上運搬可能」とする同中谷防衛大臣の答弁などもNHKニュースウォッチ9は伝えていない。7月15日の衆院特別委での採決、9月17日の参院特別委の採決についても報ステやNEWS23は「強行採決」としたのに対して、NHKは「強行」という表現は使っていない。
報告書では「ニュースウオッチ9」は「政権にとってマイナスになる出来事や審議内容を極力伝えない傾向にある」ことを指摘している。NHKニュースだけ見ている人にはこういう重要な項目は”なかったこと“になり、公共放送の重要な使命である”国民の知る権利”に応えていないことが如実に示された一例ともいえる。
同報告書はまた注目すべき事例のひとつとして、NHKが独自に行ったアンケート問題を取り上げている。以下、引用(一部省略)。
「NHKは日本で最も多くの憲法学者が参加する日本公法学会の会員、元会員に安保法案についての大がかりなアンケート調査を実施。締め切りは7月3日で、普通に集計すれば衆院採決前に結果の発表ができたはずであった。ところが、その結果は衆院で採決された後、7月23日の『クローズアップ現代』の中で2分程度で伝えられた。それによるとアンケートは1146人に送付され、422人が回答。内訳は〈違憲、違憲の疑い〉が377人で約90パーセント、〈合憲〉とする意見が28人だった。圧倒的に〈違憲〉の回答が多い。普通ならこの結果自体が〈ニュース〉であって、それをもとに企画ニュースが組まれてもいいものである。結果が政権には明らかに不利であり、局内で発表にストップがかかった疑いが強い。」(乙2号証②)
このアンケート問題は「国民のためのNHK」が「政府・政権のためのNHK」であることを強く印象付けた出来事として、私の記憶にも残っている。
8月下旬、ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥング博士が来日、安倍首相の「積極的平和主義」は本来と意味と違うと批判したことについても、新聞などで話題になったが、ニュースウォッチ9は報道しなかった。
海外も注目。連日、国会前や全国各地でで繰り広げられた「戦争法」反対デモ。NHKのニュース報道は、「廃案」を求める市民の声と熱い叫びをほとんど報道しなかった。
付表2は安保法案審議中の市民の主な反対行動を、各テレビ局のニュース番組がどう伝えたかを一覧にしたものである。
市民や著名人の行動をもっとも多く取り上げているのは「NEWS23」や「報道ステーション」で、NHKは国会審議期間中を通じて反対行動の報道には冷淡だった。9月に入ってさすがに多く取り上げるようになったが、「NEWS23」や「報道ステーション」に比べ、紹介する時間量は圧倒的に少ない。
6月3日「憲法学者法案廃棄を求める声明」、6月14日「学生団体SEALDs(シールズ)渋谷デモ」、6月15日「学者・研究者が安保関連法案に反対表明」、6月19日「樋口陽一氏ら国会前で反対集会」、7月28日「各地で抗議デモ・国会前1万5千人参加」、8月13日「元総理5氏、法案反対の提言書簡発表」など、エポックメーキングな出来事を、NHKの「ニュース7」「ニュースウオッチ9」はことごとく報道していない。
国会前に12万人の市民が押し寄せた8月30日全国総がかり行動では、「NEWS23」では翌31日の放送で、国会前から膳場キャスターがデモに参加しての感想や参加者へのインタビューで伝えた。ナレーションでは「今日は全国各地300か所以上でデモが行われ、廃案を求める声は全国で鳴り響いた」と報じた。
また「報道ステーション」も翌31日の放送で、12分近くの時間量で多角的に伝えた。人々で埋め尽くされた国会前の状況を空撮で見せ、参加した音楽家の坂本龍一氏や学生の声を多数紹介。さらに、AP通信やドイツ国営放送、イギリスBBCなどのニュース映像を使って、世界がこの大行動をどう見ているかを伝えた。
BBC NEWSのWEBサイトでは8月30日の動画レポートを見ることができる
NHKは8月30日の全国総がかり行動を当日の「ニュース7」で「タイのテロ事件」「スズキ合併話」につづく3番目のニュースとして取り上げたが2分程度。翌31日の「ニュースウオッチ9」では、わずか30秒。さすがにこの報道には反対行動に参加した市民から怒りの声が噴出した。
こうしたNHKの報道姿勢は安保法案審議中続いており、市民は安倍政権に対してだけでなく、新たにNHKの存在にも目を向け、抗議の対象とする動きが生まれた。8月25日の「NHK包囲行動」はこうした動きの端的な表現だったと言える。
元NHKプロデューサーで現在は武蔵大学教授の永田浩三氏は、安倍政権べったりの報道姿勢に抗議する8月25日のNHK包囲行動に参加。街宣カーの上でマイクを取り、NHK社屋に向かって訴えた。
「放送を語る会」の報告書・中間報告(2015.8.19発表)では、NHKの報道姿勢について「ひと言で言えば、政権側の主張や見解をできるだけ効果的に伝え、政権への批判を招くような事実や批判の言論、市民の反対運動などは極力報じない、という際立った姿勢である。法案の解説にあたっても、問題点や欠陥には踏み込まず、あくまでその内容を伝えることに終始している。また法案に関連する調査報道は皆無に近い」と指摘。
11月発表の最終報告では「5か月間の番組チェックを通して浮かび上がってきた最大の問題は、NHK政治報道の政府寄りの偏向である。それは”政府広報“と批判されてもやむを得ない域に達していた」と述べている。(乙2号証③)
この報告書で指摘されていることは、私自身、同時期のNHKのニュース報道を見て常々感じていたことである。
(*注)視聴者団体「放送を語る会」は――NHKで働く放送労働者有志が1990年8月に、視聴者市民、メディア研究者、民放関係者、ジャーナリストに呼びかけて発足した団体で、さまざまな立場の人びとが放送について考え、研究、発言する視聴者団体のひとつになっている。
このモニター報告書は同会ホームページで公開されている他、「安保法案 テレビニュースはどう伝えたか」(解説・鎌田慧)の書名で出版されている(かもがわ出版 2016.2.1)。また立教大学教授・砂川浩慶著「安倍官邸とテレビ」(集英社新書 2016.4.20)の中でも紹介されている。
〇モニター報告書「安保法案国会審議・テレビニュースはどう伝えたか」
「安保法案 テレビニュースはどう伝えたか」(解説・鎌田 慧 かもがわ出版)
*この事例は私の受信料不払い訴訟において、小田原簡易裁判所(→横浜地裁)に提出した答弁書追加書面「私の言い分」(令和元年5月21日付)で主張した「放送法違反と思われる事例」のひとつ=「平成27年(2015)安保法制をめぐるNHKの政権寄り偏向報道」に若干、加筆して修正したものです