夜風夜話 NHKは誰のものか!

「NHK受信料不払い訴訟」の裁判記録とその他の余話

「…議場騒然、聴取不能」と記録される中で「安保法案 参院特別委で可決」を既成事実化したNHK速報テロップと政治部記者の偏向解説(2015)

 平成27年(2015)9月17日、NHKは大詰めを迎えた安保関連法案参院特別委員会をスタジオと国会を結んで生中継した。
 参院特別委は16時28分頃、鴻池委員長の不信任動議を否決。鴻池委員長が委員長席に復席した後、そこへ与党議員が殺到し、のちに“人間かまくら”と揶揄される状態で委員長をブロック、虚を突かれた野党議員が抗議し、委員会は大混乱に陥った。
 公表された速記録(未定稿)によれば「…議場騒然、聴取不能」と記録され、「可決」の宣告は明記されていない。にもかかわず、16時42分過ぎ、NHKは「安保法案、参院特別委で可決」の速報テロップを流し、政治部記者の事実に即しない解説を行った。

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 別紙(乙3号証①②)は「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」の共同代表を務める醍醐聡(東京大学名誉教授)のブログから2015年9月30日分、10月2日分を抜粋したものである。
 9月30日分「それでも“採決”はなかった~NHKの実況中継で再現すると~」(乙3号証①)の中で、同氏は9月17日のNHK参院特別委実況中継の模様を原稿で書き起こし再現している。記載した時刻はNHKふれあいセンターに問い合わせ、応対した担当者に録画をたどってもらって確認したとある。以下、一部を引用。

それでも”採決”はなかった~NHKの実況中継で再現すると~
東大名誉教授・醍醐聡のブログ(2015年9月30日・10月2日)より

(16:28:46)高瀬アナ:委員長不信任動議が否決され、鴻池委員長が着席しました。中谷、岸田両大臣、そして安倍首相が着席しました。……委員長席には野党議員が激しく詰め寄っています。委員長の姿はほとんど見えない状況です……

(16:30:16)高瀬アナ:今、安倍総理大臣が席を立ちました。……今、与党の議員が立ち上がっています。
 田中康臣・政治部記者:はっきりしたことはわかりませんが、法案についての採決が行われているものとみられます。
 高瀬アナ:採決ですか……
 田中記者:はい、委員長に対する不信任動議が否決されました。その後、与党は質疑を打ち切る構えをみせていたんです。その後、(法案の)採決に踏み切る方針でしたので……。それに対して野党が激しく抗議している状況だと思われます。

 高瀬アナ:与党側の委員が起立する姿が見られましたので、採決が行われた可能性があります。委員長の姿は、ほとんど多くの委員の姿に隠れてしまっています。……今、拍手が起きています。正確な情報が入り次第、お伝えします。与野党の議員が激しくもみ合う状況になっています。
 委員長の発言は聞き取れない状況になっています。先ほどは与党側の議員が立ち上がる姿が見られました。そして拍手も起きています。……
 今、何かを読み上げているようにも聞こえます。採決が行われているようです。与党議員は立ち上がりました。まったく聞き取れない状況です。田中さん、先ほどから混乱した状況ではありますが、採決が行われているようですね。

 田中記者:5分ほど前になりますが、委員長不信任動議が否決され、委員長が席に戻りました。その後、与党の方針としては質疑を打ち切って採決に移る構えだったのです。それを踏まえますと、質疑(「採決」の誤り)を行っている可能性が高いと思います。
 高瀬アナ:何か与党の議員が立ち上がる姿が見えました。……安倍内閣総理大臣が不在の場ですが、採決が行われているようです。何度か、このように委員席の方へ与党側の理事らが起立を促す様子が見えます。

(16:37:21)高瀬アナ:鴻池委員長が今、席を立って委員会室から退席します。これは田中さん、散会したということでしょうか?
 田中記者:詳しいことはわかりませんが、何らかの……

(16:42:17)画面上方に字幕「安保法案 参院特別委で可決 自民、公明、次世代などの賛成多数」

(14:42:18)画面下方に字幕「安保法案 参院特別委で可決」

 同ブログで、醍醐聡氏は「再生した映像からわかること」として次の3点を指摘している。

再生した映像からわかる3つのこと 

 <1>.映像には、与野党議員が委員長席を囲んでもみ合う状景や、与党議員(秘書も動員されていたという指摘もある)がスクラムを組む格好で鴻池委員長を取り囲み、ブロックしている状景が映されている。高瀬アナも何度も委員長の姿は委員に隠れてまったく見えないと語っている。
 このような状況で、鴻池委員長は賛成「起立者の多数を認定」(参議院規則137条)できたはずがなく、「その可否の結果を宣告」(同条)できるはずがなかったことは明らかである。
 
 <2>.さらに、参議院規則第136条は、「議長(ここでは「委員長」と読み替え)は、評決を採ろうとするときは、評決に付する問題を宣告する」と定めているが、速記録には「議場騒然、聴取不能」と記されるのみで、鴻池委員長が5つの問題ごとに評決に付する問題を宣告した記録も、起立多数を認定した委員長の発言も記録されていない。
 高瀬アナも「委員長の発言はまったく聞き取れない状況になっています」と発言している。
 
 <3>.田中康臣・政治部記者は何度か「採決された模様です」と発言しているが、よく状況を把握できないと言いながら、そのように「憶測」したのは「与党としては、委員長不信任動議が否決されたら、直ちに質疑を打ち切り、採決の移る構えだったから」と語っている。
 しかし、予定されていた2時間の締め括り質疑を打ち切ることは理事会で合意されていたわけではないし、どの時点で質疑を打ち切るかなど、野党議員は知る由もなかったはずだ。

 結局、田中記者は自分が事前に知っていた議事進行のシナリオをもとに「推測」で「採決がされた模様」と語ったことになる。これがどうして「事実に基づく報道」といえるのか、与党が描いたシナリオを解説し、「存在」自体を現認できない「採決」が成立したかのように伝えた田中記者のバイアスを見過ごすことはできない。

 醍醐氏の10月2日のブログ「田中泰臣・NHK政治部記者の偏向した「可決」速報」(乙3号証②)によれば、田中記者は9月17日23時半からのNHK NEWS WEBに出演し、松本正代アナやネットナビゲーターのドミニク・チェンさんとのやり取りの中で、次のようにも語っている。

(田中記者)「私も採決の瞬間に生放送で解説をしていたんですが、私自身も今、何が行われているのかということが正直言ってわからない状況でした……」

 田中記者の「正直言ってわからない状況でした」と語った発言こそ本音に近いものといえるが、「安保法案、参院特別委で可決」のNHK速報は、実況中継を視聴していた多くの国民をはじめ、他のメディアに対しても影響を与えたはずである。
 醍醐氏のブログには「与党の暴走とともに、中立的な報道ができなくなっている公共放送に対して恐怖を感じました」などのコメントも寄せられている。
 
 醍醐氏は参院特別委におけるNHKの「採決」「可決」報道について、次のように問題視している。(9月30日のブログ)

 ――参議院規則などどこ吹く風かのように、実況中継のさなかに、議事の模様を把握できないにもかかわらず、与党の進行シナリオに頼って、憶測で法案の「採決」「可決」を予断して発言することは、「NHKのニュースや番組は正確でなければならない。正確であるためには事実を正しく把握することが欠かせない」と定めた「NHK放送ガイドライン2015」(乙1号証②)に明確に反している。
 
 さらに、田中記者が、拙速な「採決」「可決」の速報を実況放送のさなかに発信したことは、委員会閉会の直後から、「採決」の存否をめぐって与野党が真っ向から対立した問題について、参議院規則を蹂躙する形で行われた架空の「採決」なるものを、あたかも実在したかのように正当化し、既成事実化する役割を果たしたと言って差し支えない。これは「放送は政治的に公平でなければならない」と定めた「放送法」第4条2号(乙1号証①)にも反する重大な過ちである。

 翌9月18日の朝日新聞デジタル「虚を突く可決、周到に準備、自民、前夜からシナリオ」の見出しで伝え、その筋書きは周到に準備されていたと報じている。(乙3号証③)

 

 NHKの速報テロップと偏向報道についてはSNSを中心とするネット上でも批判の声が上がり、9月17日、作家の西口想氏はTwitterに「このテロップにGOを出したNHKの報道責任者は“歴史の犯罪者”じゃないか」と書き込み、同じく作家の山川健一氏は「NHKの犯罪。これがなければ“可決”にはならなかった。僕らは絶対忘れない」とリツイートしている。(乙3号証④)

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 安保関連法案は野党議員から「採決、無効」の猛抗議を受けたが、翌9月18日深夜の参院本会議で強行採決され、可決された。そして国会の内外で「違憲立法」「採決無効」の激しい抗議の声があがり、9月18日には「STOP!違憲の安保法制」を掲げる弁護士さん225名が「安保関連法案の議決の不存在確認および審議の再開を求める弁護士有志声明」を発表。(乙3号証⑤)

 

 また9月25日には小中陽太郎氏、醍醐聡氏など、作家、ジャーナリスト、学者ら12名が呼びかけ人となった「安保法案の採決不存在の確認と法案審議の再開を求める有志」が山崎正昭参院議長と安保特別委・鴻池祥肇委員長への申し入れ書と賛同署名の提出に関する記者会見(IWJ2015.10.8より)を行った。賛同する署名は5日間で3万2千筆に達した。

 参院特別委の議事録は10月11日に参院ホームページで公開された。議事録は「……場内騒然、聴取不能」までは未定稿と同じ内容だが、そのあとに与党判断で「質疑を終結した後、いずれも可決すべきものと決定した」と追記されていた。採決に続き、議事録の内容まで与党側が決めたと、野党は反発した。(乙3号証⑥ 2015.10.12東京新聞

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 こうした動きの中で、私自身、NHKへの怒りと不信感が高まり、「受信料支払い停止」の動機につながった。
 「立憲主義の破壊」、「平和主義の破壊」が叫ばれた違憲立法=安保法制(戦争法案)をめぐる動きの中で、「健全な民主主義の発達に資する」ことを目的とするNHKの役割は、それとはまったく真逆で、戦後日本が築き上げてきた「議会制民主主義」の「破壊」に加担した歴史的暴挙と言っても過言ではない。

 

www.youtube.com

 *【参・安保法案】特別委員会での強行採決の瞬間。

*NHKを監視・激励するコミュニティ

*醍醐聡のブログ

 *「それでも”採決”はなかった~NHKの実況中継で再現すると~」(醍醐聡のブログ)

 

*この事例は私の受信料不払い訴訟において、小田原簡易裁判所(→横浜地裁)に提出した答弁書追加書面「私の言い分」(令和元年5月21日付)で主張した「放送法違反と思われる事例」のひとつです