夜風夜話 NHKは誰のものか!

「NHK受信料不払い訴訟」の裁判記録とその他の余話

「私や妻が関与していたら、首相はもちろん……」そこから噴き出した森友学園疑惑におけるNHKの忖度報道(2017)

 「私か妻が関与していたら、首相はもちろん国会議員も辞める」――。平成29年2月17日、安倍首相の国会発言を契機に、森友学園と国有地売却問題が一気にクローズアップされ、籠池夫妻逮捕、国会虚偽発言、財務省公文書改ざん、それに関わった近畿財務局職員が自殺するという痛ましい事件まで発展した。いまなおその真相究明と責任問題に終止符は打たれていない。
 この森友学園問題をNHKはどう報じたか。

「トップニュースで伝えるな」「(安倍)昭恵さんの映像は使うな」……NHKニュース報道を縛る忖度ニュース4原則 

 平成30年(2018)3月29日、2019年度NHK予算が審議されていた参院総務委員会で山下芳生議員(共産)が「NHK関係者と思われる内部告発文書が届けられた」として、次のような発言を行っている。

 「『ニュース7』、『ニュースウオッチ9』、『おはよう日本』などのニュース番組の編集責任者に対し、NHK幹部が『森友問題の伝え方』を細かく指示している。『トップニュースで伝えるな』『トップでも仕方がないが、放送尺は3分以内』『(安倍)昭恵さんの映像は使うな』『前川(喜平)前文科次官の講演問題と連続して伝えるな』。自ら(政治的)圧力にすり寄っていくような、忖度していくような情報と思われるが、こういう実態があるのではないか」。

 これに対して上田良一会長は「NHKとしては公平、自主自立を貫いて何人(なんびと)からの圧力や働きかけにも左右されることなく、視聴者の判断のよりどころとなる情報を多角的に伝えていくことが役割だと考えておりまして、これをしっかり守っていきたい」と原則論を述べるにとどまった。
 ――朝日新聞社会部記者の川本裕司著「変容するNHK~『忖度』とモラル崩壊の現場~」(花伝社刊 2019.2.5)の「まえがき」より(乙5号証①)。

 この内部告発の内容はかなり具体的で「あからさまな指示」になっているが、日々、NHKニュースに接していると「なるほど、そういうことか」と合点がいく。まさに“忖度ニュース4原則”とも言える。

f:id:YokazeTabino:20200403171848j:plain

 
 足かけ30年、NHKを取材してきたという川本裕司氏の「変容するNHK」は「NHKのニュースはどう見られているか」から、不可解な会長人事、相次ぐ職員不祥事、人気キャスターの降板、受信料問題など、政権に翻弄される公共放送の裏側まで詳しく描き出している。

NHK記者・相澤冬樹著「安倍官邸vs.NHK」が描き出した、政権に不都合な特ダネと忖度報道のリアル

 森友学園報道を通して、NHKの忖度報道の実態をその現場からより具体的に描き出しているのが元NHK大阪放送局記者の相澤冬樹著「安倍官邸vs.NHK」(文芸春秋刊 2018.12.25)である。森友事件を追う記者の執念と政権に不都合な特ダネを抑えようとする上層部とのせめぎ合いがリアルに描かれ、副題に「森友事件をスクープした私が辞めた理由(わけ)」とあるように、「忖度せずにやりすぎると、記者を外される」という怖い実態にも触れている。

 たとえば、同書第6章「背任の実態に迫る特ダネに報道局長激怒」では――。
以下、一部引用。(乙5号証②)

 相澤記者は平成29年6月までに、「森友学園に国有地が大幅に値引きされて売却された問題で、近畿財務局が売却価格を決める際に、学園側が支払える上限額を事前に聞きだし、実際にその金額以下で売却している」という情報を掴んだ。学園側と間に事前に具体的な金額の協議は行っていないとする財務省の説明とも食い違う形になっており、しかも買う側の都合に合わせて価格を決めたと思われる行為で、財務省の背任行為を強くうかがわせる特ダネである。

 しかしこのネタはすぐには放送されなかった。上司の社会部長に報告すると「これだけの大ネタですから報道局長に報告しないといけない。国会会期中なので、報道局長がうんというはずがない。少し待ってほしい」と。「6月の人事異動で交代した小池報道局長は安倍官邸に近く、こんな政権にとって不都合なネタを歓迎するはずがない」という。
 社会部長が小池報道局長を説得して、ようやくこのネタがニュースとして放送されたのは7月26日夜の「7時のニュース」だった。ところがその夜、小池報道局長から大阪の報道部長に激怒の電話が入る。「私は聞いていない」「なぜ出したんだ」。その怒りの声は「私にも聞こえるほどの大きさだった」。
 電話を切った報道部長は苦笑いしながら言った。「あなたの将来はないと思え、と言われましたよ」。その瞬間、「私は、それは私のことだと思った」。
 このネタの続報が翌日の朝用に準備されていたが、小池報道局長の怒りを受けて何度も書き直され、意味合いを弱められた。さらに翌朝のニュース「おはよう日本」でのオーダーも、後ろの方に下げられた。

 「かくて、忖度報道が本格化していく」
 ――と、相澤記者はこの章を締めくくっている。

f:id:YokazeTabino:20200403173255j:plain

 

 相澤記者は翌平成30年5月「記者を外す」という内々示を受け、それを契機にNHKを辞め、大阪日日新聞で森友事件を追い続けることになる。
 NHK内部の官邸忖度を裏付ける生々しい一幕と言える。

 また同書第11章「『口裏あわせ』の特ダネに圧力再び」では――。
 以下、一部引用。(乙5号証③)

 平成29年(2017)2月17日、衆院予算委で森友問題を追及された安倍首相が「私と妻が関係していたら、総理も国会議員も辞める」と発言した直後の2月20日財務省が直接、森友学園側に「トラック何千台もごみを出したことにしてほしい」という「口裏合わせ」を行っていたという特ダネを突き止める。学園側は「そんな事実はないからできない」と断っている。

 相澤記者はこのネタをまず、森友事件の取材で協力している東京社会部のXデスクに話した。Xデスク曰く、「これは大阪では言わない方がいいですよ。大阪のデスクに言ったらすぐ報道局長に伝わってしまう。そうなるとなんやかんやと介入されてネタをつぶされてしまいます」。そこで相澤記者はXデスクとやり取りしながら詰めの取材を進め、Xデスクの上司の社会部長に小池報道局長とかけあってもらうことにした。
 そして財務局のZ氏と接触を重ね、「口裏合わせ」の裏付けをとり、ついに4月4日の「クローズアップ現代+」と、それに先立つ「7時のニュース」で放送されることが決定。ところが放送当日の夕方、Xデスクから電話があり「放送が出せないかもしれない」と告げられた。小池報道局長が「野党に情報が洩れている」という理由で激怒しているという。

 結局、この特ダネは「ニュース7」のいちばん最後の項目で放送された。その日の暑さのニュースより後に、さりげなく目立たない形で。しかし相澤記者が当初から望んでいた「クローズアップ現代+」での放送は流れた。
「なんでこのネタをクロ現に出さないんですか。私はクロ現に新事実を出そうと努力してきた。なぜこれを落とすんですか!」
 担当記者、ディレクターと幹部が集まる編集室で、このとき相澤記者が叫んだ言葉が、この本の帯のフレーズ「なぜ放送されないんだ!」になっている。
 
 特ダネ1本で大臣の首が飛び、内閣が倒れることもある。しかし安倍政権は度重なる疑惑や不祥事が起きても生き続けている。その背景には、政権に忖度して放送されない特ダネや放送されても薄められ、目立たなくされてしまった特ダネの山があるのではないか。その一端を国民の受信料で支えられている公共放送のNHKが担っている。相澤冬樹著「安倍官邸vs.NHK」はそういう思いを強くする報告書でもある。

 同書の内容について、平成30年12月19日のNHKの定例会見で編成局計画管理部長が「主要な部分において虚偽の記述が随所にみられる」とコメントを読み上げているが、何が虚偽か具体的には明かしていない。報道局長に次ぐ立場の編集主幹の一人も同様の発言をしている。
 これに対して相澤冬樹氏は朝日新聞WEB RONZA「安倍官邸に協力するNHKの共犯者たち」(2019.1.17)で、「この二人は私とNHK入局が同期で、公私ともに密接な付き合いを重ねてきた同志。立場上、あのように言わざるを得ないのだろうと推測している」と語っている。(乙5号証④)
 
 忖度報道の司令官と目される小池英夫報道局長については、5階にある自室から2階のニュースセンターへ電話で指示を飛ばしてくることから“Kアラート”の異名で週刊誌やSNS上で取り上げられることもある。
 週刊新潮2018年4月19日号は「”みなさまの声“より”官邸の声”NHK報道局長の”忖度“放送」という記事を掲載。”Kアラート“の実態を紹介し、「小池報道局長が直接やり取りしているのは安倍総理の懐刀で影の総理とも呼ばれる今井尚哉秘書官」とのNHK報道局幹部の声を伝えている。(乙5号証⑤)

 

 *この事例は、令和元年(2019年)5月21日、小田原簡易裁判所(→横浜地裁)に提出した答弁書追加書面「私の言い分」の中で取り上げた疑惑事例のひとつです。