夜風夜話 NHKは誰のものか!

「NHK受信料不払い訴訟」の裁判記録とその他の余話

「NHKが公共放送であるための条件」(弁護士 川端和治「放送の自由――その公共性を問う」より)

受信料制度(放送法64条1項)を合憲とした2017年(平成27年)12月の最高裁判所判決の意味するものは何か。最新の岩波新書の一冊、川端和治『放送の自由――その公共性を問う』(2019.11.20 岩波新書)の中で、弁護士である著者は「NHKが公共放送であるための条件」(同書136頁~139頁)という見出しで、この最高裁判所の見解を紹介している。非常に簡潔で分かりやすい。以下、その部分を抜き書きして転載する。

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〇「NHKが公共放送であるための条件」(弁護士 川端和治)

放送法64条1項は「協会(注:NHK)の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない」と定めている。これは電波三法の施行とともに受信器設置の許可制が廃止されたので、NHKの放送を受信できる受信機を設置した者に受信契約の締結を強制して、受信者の経済的負担による公共放送事業の制度を創設したものである。

この判決(2017年12月6日の大法廷判決)は、受信設備を設置したにもかかわず受信契約締結を拒む相手に対しては、NHKが承諾の意思表示を命ずる判決を請求することにより、その判決が確定したときに、受信設備の設置の時から受信料を支払うという受信契約が成立し、強制執行できるとした。その結論を導くために、最高裁判所はこの放送法の受信契約締結強制規定が憲法に違反するかどうかについて判断しており、そこで公共放送であるNHK民間放送という二元体制の放送制度の意義について、次のように説いている。

「放送は、憲法21条が規定する表現の自由の保障の下で、国民の知る権利を実質的に充足し、健全な民主主義の発展に寄与するものとして、国民に広く普及されるべきものである」。放送法1条の1号から3号に掲げられている原則が制定されたのは、この放送の意義を反映したものである。

この目的を実現するため、放送法は、その制定前は「社団法人日本放送協会のみが行っていた放送事業について、公共放送事業者と民間放送事業者とが、各々その長所を発揮するとともに、互いに他を啓もうし、各々その欠点を補い、放送により国民が十分福祉を享受することができるように図るべく、二本立て体制をとることにしたものである」。

放送法NHKに営利目的の業務や広告放送を禁止し、事業運営の財源を受信料でまかなうこととしているのは、「特定の個人、団体又は国家機関等から財政面での支配や影響」がNHKに及ぶことのないようにし、現実にNHKの放送を受信しているかどうかにかかわりなく、受信可能な設備をしている者に広く公平に負担を求めることによって、NHKがこれらの人全体により支えられる事業体であることを示すことで、NHKが公益的性格をもつことを財源の面から示すものである。

NHKを存立させる財源を受信設備設置者に負担させる受信料により確保することが憲法上許されるのかであるが、憲法21条の趣旨を具体化する放送の制度をどう構築するかについては、国会に立法上の裁量権が認められるべきである。受信料制度は「憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され、その目的にかなう合理的なものであると解される」から、「これが憲法上許容される立法裁量の範囲内にあることは、明らかというべきである」

放送法64条1項は、受信料の支払い義務を受信契約の締結により発生させることにしているが、これはNHKが受信設備設置者の理解を得てその負担により支えられて存立する事業体であることに沿うもので相当な方法である。放送法が予定する受信契約は、NHKの目的に適う適正・公平な受信料徴収のために必要な内容のものに限られる。このような内容の受信契約の締結を強制するにとどまるので、放送法の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲内のものとして、憲法上許される。

以上が、最高裁判所の判断であるが、受信料制度が憲法に違反しないことを示したこの最高裁判所判決によって、任意の受信契約締結・支払い者が増加して受信料収入が増大し、また受信料不払いによってNHKの放送内容に抗議する運動が困難になって、NHKの経営基盤は盤石のものになったといわれる。

しかし、この判決内容から明らかなように、最高裁判所は、NHKが「憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され、その目的にかなう合理的なものである」からこそ憲法に違反しないとしたものである。言い換えれば、NHKを視聴しているかどうかにかかわりなく、受信設備を設置すれば等しくその運営経費を負担させることができる制度が憲法に違反しないと言えるためには、NHKが「放送の不偏不党、真実及び自立」を実践し、その「放送が健全な民主主義の発達に資する」ものであると受信設備設置者から広く認められていることが必要なのである。つまり、この判決はNHKが公共放送であるための条件を示していると読むことができる。

1972年、英国の公共放送BBCのカーラン社長はロンドンの外国人記者団に食事に招かれてこう語ったという。
「放送の勇気とは、どれだけ少数者の意見を伝えるかにある。もしBBCにそれができないなら、体制の意気地ない、青白い影法師だと非難されてもしかたないだろう。BBCも体制の一環だ。しかし、われわれの体制とは、自分に敵対する意見を、常に人々に伝え続けねばならないことだ。それが民主社会だと思っている」(深代惇郎「座標 ロンドンから――言論の自由」1972年4月11日朝日新聞。後藤正治「天人――深代惇郎と新聞の時代」299‐300頁の引用による)。
果たしてNHKは、どうなのであろうか。

(川端和治「放送の自由ーーその公共性を問う」136‐139頁 岩波新書2019年11月刊より)

川端和治:1945年北海道生まれ、1968年東京大学法学部卒業。弁護士。第二東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長を歴任。2007年から2018年まで、BPO放送倫理・番組向上機構放送倫理検証委員会委員長をつとめ、2018年には放送批評懇談会より、自主・自立的な放送倫理の仕組みを放送界に定着させることに貢献したことに対して「第9回志賀信夫賞」を贈られた。

太字部分は、私が令和2年1月20日に東京高裁に提出した「控訴理由書」の中で、最高裁判決が示した受信料制度(放送法64条1項)合憲に対する「NHKが公共放送であることの条件」の論拠として、引用・主張したものです。