夜風夜話 NHKは誰のものか!

「NHK受信料不払い訴訟」の裁判記録とその他の余話

日本郵政と権力の圧力に屈した「かんぽ不正」報道と、 放送法と矛盾したNHK経営幹部の「公共性」意識(2019)

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東京新聞2019.10.6

 2018年4月、かんぽ生命保険の不正販売問題を報じたNHK番組「クローズアップ現代+」対して日本郵政側が再三にわたって抗議し、同8月、NHKは続編用に情報提供を呼び掛けた動画を削除、予定していた続編の放送を見送った。同10月、日本郵政がNHK経営員会にガバナンス体制の強化を要求、経営委員会が上田会長を厳重注意し、木田放送総局長が日本郵政を訪問し、謝罪の文書を手渡す。日本郵政の鈴木康雄・上級副社長(元総務事務次官)が経営委に謝意を伝える文書を送付。

 翌2019年6月、日本郵政が「不正販売の疑いがあった」と発表。同7月、NHKは「クローズアップ現代+」の続編を放送、同9月、日本郵政長門正貢社長が「今となってはまったくその通り」と18年4月の番組の内容を認め、謝罪した。
 この「かんぽ不正」報道をめぐる問題は、日本郵政の鈴木康雄上級副社長が旧郵政省出身の元総務次官で電波行政を仕切った過去があることから、圧力に屈し権力に弱いNHK幹部の実態をさらすとともに、経営委員会が上田会長を厳重注意(しかも議事録に記載がない)したことは明らかに「干渉」を禁じた放送法違反であり、公共放送としての報道の使命が問われる問題となった。
 以下に、この問題に触れた3人の識者のコメント記事を紹介する。

「公共性」認識の欠如
立教大学名誉教授・服部孝章

 NHK、経営委、日本郵政三者が、それぞれ勝手に自分たちの立場と感想を述べ合っているような印象だ。それぞれの組織が何を改善して、どんな将来像を描いたらいいのか全く見えてこない。
 他の報道機関に先駆けて、かんぽ不正問題を報じた「クロ現+」は称賛されていい。しかし続編の放送が遅れたことで、かんぽ問題の被害は拡大してしまったと言える。「取材が(放送の段階まで)尽くせなかった」というNHKの説明も説得力がない。

 「NHKはきちんとした報道ができない」という印象を視聴者に与えた社会的損失は大きい。組織もメディアもきちんと責任を問い、そしてNHK会長と経営委員長は辞すべきだ。
 日本郵政の鈴木康雄・上級副社長が「(NHKは)まるで暴力団と一緒」と発言をしたが、自分たちが答えたくないことに迫ってきた報道機関の活動を暴力団と表現した。メディア不信の風潮の中、報道が持つ公共的使命への認識の底が抜けてしまった気がする。郵政も公共的な事業体なので、天に唾する発言だ。きちんと批判されるべきだろう。(東京新聞2019.10.6)乙23号証

放送法違反 明らか 
(元NHK経営委員長代行・早稲田大名誉教授 上村達夫)

 厳重注意は「今後、こうゆうことをするな」という意味で、明らかに放送法が禁ずる「干渉」「規律付け」にあたる。経営委が執行と監督の区別がついていないことが問題の根本にある。仮に職員のあり方が問題だとしてもそれは執行内部の問題であり、注意権限は委員長にはない。放送法では執行の全責任は会長にある。経営委は決議事項にノーと言うことはできるが「こうしろ」と指図はできない。会長も「注意処分を受ける根拠は何か」と聞くべきだった。

 議事録に注意の記載がないのは、してはいけないことをしてしまったから書けなかったのではないか。委員長は議事録の作成責任者として文言の調整などはできるが、あったことをなかったことにはできない。

 経営監督機関の経営委と執行機関の会長は別個独立の機関であり、上下関係ではない。今回の注意は会長に対する上司という感覚でなされたことのように見える。これが正しければ今後も、経営委はNHK職員の問題があるたびに同じようなことをしてよいことになるが、それは放送法違反の常態化を意味する。(東京新聞2019.10.6)乙23号証

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週刊東洋経済2019年11月23日号 特集「検証!NHKの正体」より

「露呈する権力への弱さ」
上智大学文学部教授 水島宏明) 乙20号証

 「報道機関として不偏不党の立場を守り、番組編集の自由を確保し、何人からも干渉されない。ニュースや番組が、外からの圧力や働きかけによって左右されてはならない」
 NHKは取材・制作の基本姿勢を示す「放送ガイドライン」にそう記している。だが、公共放送としての国家権力や特定の個人・団体などからの独立を保ち、公正な報道ができているのか、疑問を抱く事態が起こっている。
 その象徴的な事例が、今年9月に毎日新聞のスクープで明るみに出た、かんぽ生命保険の報道をめぐる対応だ。

 日本郵政でNHK側への働きかけの中心を担ったのが、鈴木康雄上級副社長。NHKの監督官庁である総務省の元事務次官で、放送行政に強い影響を与えた人物だ。
 鈴木氏がNHKを追及する際、強調したのが「ガバナンス」の欠如だった。NHK放送総局長が会長名の謝罪文を持参した翌日、鈴木氏が経営委員会宛てに出した書状では、「かつて放送行政に携わり、協会のガバナンス強化を目的とする放送法改正案の作成責任者であった立場から」と振り返り、「放送番組の企画・編集の各段階で重層的な確認が必要である旨指摘しました」と記している。

 NHKの番組責任者が日本郵政側に対し、実際にどのように説明したかわからない。だが、もし日本郵政側が指摘するように「番組制作と経営は分離しているため、会長は関与しない」と説明したのなら、放送法を正確に理解していないと言える。
 NHKは本来、ガバナンスと動画の掲載とはまったく別問題であると突っぱねてよいはずだ。しかも報道に誤りがあったわけではない。
 それなのにガバナンスを持ち出された途端、NHKは内部調査を十分に経ることなく、続編の放送を断念し、動画の公開も終了した。これは異例だ。鈴木氏が元総務事務次官として現在も放送行政に一定の発言力を持つほか、政権幹部にも近い存在でなければありえない対応としか言いようがない。

 経営委員会による会長への厳重注意については、経営委員会は番組の編集に関与できないと定める放送法に違反するという指摘が専門家からなされている。
 石原進経営委員長は衆議院予算委員会で「編集の自由を損ねた事実はない」と説明し、高市早苗総務相も「放送法に違反しない」と追認した。だが、「今後こういうことはするな」というのが「厳重注意の意味だ」と解説する元経営委員もいる。
 職員の説明上の不手際に付け込み、ガバナンスの問題を強調した抗議によって、日本郵政側は動画削除という目的を果たした。こうした無理筋でも政権に近い人物が関わっていれば可能になる環境がNHKの体制にある。

 NHKの独立性、公共性に疑問を抱く事例はほかにもある。政治に関する報道だ。
 第2次安倍政権の登場前後から、ニュースでの安倍首相・自民党総裁の露出が際立つなど「不自然さ」が目につく。アベノミクス、消費増税特定秘密保護法テロ等準備罪、安全保障関連法といった重要政策・法案の審議や国政選挙の前に、知見を持つ専門家の声を伝えたのはごくわずか。政府や与党の主張を記者が説明するだけの解説報道ばかり目立つ。

 17年に最高裁判所が受信料支払いの義務規定を合憲とする判断を示して以降、謙虚な姿勢は影を潜めた。NHKが気にするのは、予算や法律などを握る国会や監督官庁である総務省と国家権力の中枢、首相官邸。そんな構図がそのころから一気に進んだ感がある。国民の声に耳を傾ける「みなさまのNHK」から「安倍さまのNHK」へと変貌したと揶揄されるゆえんだ。強制力を持つ法律的な後ろ盾を得たことで、視聴者との間に存在した番組をめぐる双方向のやり取りが薄れたと感じるのは筆者だけではない。
 放送法を改正してもらい、インターネットでの常時配信の道を開いたNHKは、政府と与党に大きな「借り」を作った。前述したかんぽの報道についても、元事務次官が経営委員会に接触し、経営委員会が従順に会長を厳重注意したことを、NHKは決定の議事録に残していない。これはNHKの歴史に汚点を残した。長く続く「安倍1強」政治の下、官僚たちが森友学園への国有地売却に関する公文書の改ざんに手を染めていたのと二重写しに見える。法律や規則の順守を徹底させないと、公共放送の運用が恣意的になってしまう恐れがある。

 今年7月、75歳でNHKの生放送に初めて出演した久米宏氏が「NHKは独立すべきだ。人事と予算で政府と国会に首根っこを押さえられている放送局は先進国にあってはならない」と持論を展開した。

 テレビ朝日社員で番組コメンテーターを務める玉川徹氏に「放送の公共性」を尋ねると「公共性とは突き詰めると良心」と明言した。NHKのある有名な政治記者が「公共性とは国益」だと発言したとされるのとは対照的だ。
 放送、そしてNHKの公共性は、国民の知る権利に奉仕するものだ。

 (週刊東洋経済2019年11月23日号 特集「検証!NHKの正体 膨張する公共放送を総点検」掲載 上智大学教授・水島宏明「揺れる公共放送 露呈する権力への弱さ」より 一部を抜粋して紹介)

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週刊東洋経済2019年11月23日号 特集「検証!NHKの正体」より


かんぽ不正、苦情40万件、不正疑い1万2836件、7割超が60代以上 ここには「国民の知る権利」が救えなかった被害も 乙21号証

 2019年12月18日付毎日新聞によると、かんぽ生命保険の不正販売問題で、かんぽ生命と日本郵便が進めている全契約者への「全件調査」で、対応が必要な苦情は40万件(12月中旬現在)であることがわかった。また同18日付毎日新聞によると、特別調査委員会の報告書で2018年度までの5年間で法令や社内規定に違反した疑いのある契約は1万2836件、そのうち670件で違反を認定。また、同契約の7割以上が60代以上の顧客と結んだもので、高齢者が不正の主な被害者であることも分かった。

 もしNHK「クローズアップ現代+」の続編が予定通り放送されていたとすれば、救えた被害もあったかもしれない。被害がすくなくなった可能性もある。前述の立教大学名誉教授・服部孝章氏のコメントにも「続編の放送が遅れたことでかんぽ問題の被害が拡大してしまった」と指摘している。

 「国民の知る権利」に応える報道が一般的抽象的な義務ではなく、実害につながる現実性を持った義務であることを、この「かんぽ不正」報道問題は示唆している。

政権との距離を保ち、視聴者本位の再確認を
NHK新会長に望む朝日と毎日の提言

 「かんぽ不正」報道問題にかかわった石原進経営委員長は昨年12月10日に、上田良一NHK会長は本年1月24日にそれぞれ任期終了により退任。(別に責任をとって辞めるわけではない。)
 経営委員は国会の同意人事だが、いまは官邸の意向で決まり「お友達人事」と言われている。NHK執行部のトップである新会長にはみずほフィナンシャルグループ元会長の前田晃伸氏が就任する。毎日新聞2019年12月11日付社説によれば、前田氏は安倍首相を囲む経済人が集う「四季の会」のメンバーで、官邸との近さも指摘されている。

 「官邸には、上田会長が政権批判の番組に十分には対応できていないとの不満もあった。今回の新会長人事に、番組内容への影響力を強めようとの意図があったとすれば問題だ」と指摘。「5代続けて外部の財界からの会長登用となるが、権力を監視する報道機関のトップとして、政権と距離を置き、公共放送の理念を貫く姿勢を示すべきだ」と提言している。

 また朝日新聞2019年12月11日付社説では、「公共メディアとしての適正な役割と規模は何か。報道機関として権力との健全な緊張関係は保たれているか。そうした問いの念頭に貫くべきは、視聴者本位の目線である」「前田次期会長には、報道機関を率いる覚悟を持ってほしい。政治や企業、各種団体などからの圧力に屈することなく、視聴者の公益に資する情報を伝えるのがNHKの使命である」「国民の知る権利と民主主義の発展に生かす重責を、組織全体で再確認してもらいたい」と提言している。

 はたして、NHK新執行部は放送法1条を肝に銘じ、前述の川端和治弁護士があげた「NHKが公共放送であるための条件」を実証して、受信契約者との信頼関係を取り戻すことができるか。前田新会長には、「安倍様のNHK」ではなく、「国民とともにあるNHK」の先頭に立っていただくことを切望する。空疎な言葉だけの会長としてではなく。

 

*この事例は、私が令和2年1月20日に東京高裁に提出した控訴理由書の中で紹介したものです。