夜風夜話 NHKは誰のものか!

「NHK受信料不払い訴訟」の裁判記録とその他の余話

NHKは誰のものか~NHK受信料不払い訴訟の裁判記録~

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コロナ危機下の控訴審判決言い渡し

「ほんとに行くの?」
「うん、行くよ」
「じゃあ、わたしも行く」
「いいよ、無理しなくても…」
「いいえ、一緒に行きます」

 2020年(令和2年)3月19日。
 その日、東京霞が関にある東京高等裁判所において、私が控訴人になっている放送受信料請求控訴事件の判決が言い渡されることになっていた。

 正月明け早々に中国・武漢で発見された新型コロナウィルスは、1月末にはWHOが「国際的な緊急事態」宣言を発するほど、世界的な感染拡大(パンデミック)の危機を迎えていた。1月16日には国内でも感染者が確認され、2月3日には感染者を乗せたダイヤモンドクルーズ号が横浜に入港。都市部でのクラスター発生とともに、一気にコロナ不安が列島を襲った。2月27日には安倍首相が全国すべての小中高校に3月2日からの臨時休校を要請、また3月9日には政府の専門家会議が”三密”の場所や場面を避けるなど、感染防止の行動を呼びかけた。

 人と会うことが怖い。電車に乗ることが怖い。いつもと違う日常が始まっていた。冒頭の会話はそのような状況下で判決の日を迎えた私(72歳)と妻(69歳)の朝の会話である。
 私が住んでいる神奈川県秦野市の家から東京高裁のある霞が関まではバスと小田急線と地下鉄千代田線を乗り継いて約2時間。すでにテレワークや時差出勤が始まっていたが、重症化リスクが高いと言われる高齢者にとっての東京行にはちょっと難しい判断が必要だった。(この時期、まだ新型コロナウィルスの感染リスクや人体への影響などはよくわかっていなくて、不安が強かった)

 裁判の判決言い渡しには必ずしも裁判所に出廷する必要はない。出廷しなかった場合、後日郵便で判決書が送付されるので、それを待つこともできる。コロナ危機下の感染リスクを考えた場合、むしろ郵便で判決書を受け取る方法を選んだほうがいいに決まっていると思うが。私はそうはしなかった。(ちなみにNHKの弁護士は欠席)
 一刻も早く、その判決内容を知りたかったことがその理由だが、私はこの裁判の判決は直接、裁判所に出向いて、裁判官の生の声で聴きたかった。どんな顔で、どんな声で、その判決を言い渡してくれるのか、しっかりと自分の目と耳で確かめたかった。
 この裁判はコロナ感染のリスクを冒しても、判決言い渡しの場に自分を置く。私にとっては、それほど重要な裁判だった。(といっても、それは私個人の問題ではなく、この国全体の問題でもあるわけだが)。
 その日の判決を紹介する前に、まずこの裁判の経緯とその論点を記しておきたい。

受信料不払い停止の理由と異議申し立てまでの経緯

 「安倍様のNHKから国民のNHKに戻るまで受信料の支払いを停止します」――。
 私は安保関連法案(戦争法案)が強行採決された2015年(平成27年)9月末、NHKの政権寄り報道に電話で抗議して約40年間支払ってきたNHK受信料の振り込みを停止した。そして2019(平成31年)年3月、小田原簡易裁判所よりNHKを債権者とする支払督促の特別送達を受けたので異議申立書を提出し、訴訟手続きに入った。

 私が受信料不払いに至った理由と経緯については、2019年(令和元年)5月21日、小田原簡易裁判所に提出した答弁書「私の言い分」の中に書いているので、そこから抜粋して紹介したい。少し長いけど、異議申し立てをした時の私の心情を率直に反映していると思うので、ぜひ読んでいただきたい。

 

 ――「政府が右ということを左というわけにはいかない」などと公言した籾井勝人・元NHK会長時代、NHKのニュース報道は急速に政権寄りにかじを切り、憲法学者の大多数が「違憲」とする安保関連法案の国会報道などにおいては、国会審議の中身や国民の声などを十分に反映させず、「政府の広報機関」「安倍様のNHK」などと揶揄されようになった。

 安保関連法案は“戦争法案”とも呼ばれ、平和憲法下の戦後政治に一大転換をもたらすものであり、「SEALDs」「ママの会」「学者の会」などが立ち上がり、世代を超えて全国的な反対運動のひろがりを見せていた。そうした動きを正確に伝えないNHKに対する社会的な批判・不信感も高まり、私もNHKのニュース番組や国会報道に対して不信感と怒りを募らせていった。

(この年の初め、ipadの購入をきっかけにTwitterを始めた。当初はボケ防止のつもりで他愛のない言葉をつぶやいていたが、興味・関心のある人をフォーローしていくうちに、私のタイムラインは戦争法案やアベ政治に対する批判、それに反対する市民運動の動きがリアルタイムで流れるようになった。そこには新聞やテレビニュースで知ることのできない問題点や市民・ジャーナリスト・学者たちの生の声があふれていた。そして安倍政権による報道統制とともに、既存のメディアが「国民の知るべきニュース」を如何に「伝えていない」かを知った。

 そこで私はipadやデジカメをもって国会前集会や各地のデモに頻繁に出かけて写真を撮りまくり、私のTwitterにアップするようになった。”一人メディア”のつもりだった。そうした中で、NHKのニュース報道に対する不信感も強くなっていった。)

 8月19日、25日には、NHKの報道が政権側に偏っていると考える市民らが「政府の声ではなく、国民の声を報道しろ!」と叫んで、東京・渋谷のNHK放送センターを取り囲む抗議行動を行った。25日には約1千人が参加した。(朝日デジタル2015.8.25)

 この頃、醍醐聡・東大名誉教授らによる「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」が籾井会長と百田尚樹長谷川三千子両経営委員の辞任を求める署名活動とともに、「受信料凍結運動」を展開していることをネット上で知り、そういう抗議の仕方に強い関心と共感を覚えた。

 そして2015年(平成27)年9月17日の同法案参院特別委実況中継において、速記録(未定稿)に「…議場騒然、聴取不能」と記述され、「可決」の宣告は明記されていないにもかかわらず、16時42分頃、NHKは「安保法案、参院特別委で可決」の速報テロップをながし、政治部記者の事実に即しない解説を行った。

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 この時、私は「NHKは死んだ」と思った。
 安保法案の「可決」を既成事実化するNHK報道の暴挙に、私は激しい怒りを覚え、同月末日、NHKふれあいセンターに電話で抗議し「安倍様のNHKから国民のNHKに戻るまで受信料の支払いを停止します」と通告し、口座振替の停止手続きを行った。

 
 ここで私がNHKに対して激しい怒りを覚え、受信料支払い停止に及んだもう一つの理由について触れておきたい。
 私は政治活動や市民運動などとも無縁で、ごく普通の市民だが、安保法案=戦争法案は、私の孫の未来を左右する重要な法案であると考えていた。私は日本国憲法が施行された1947年(昭和22年)生まれで、「戦争放棄」を明記した第9条に強い愛着をもっている。自分の子どもや孫の世代にもこの平和憲法をそのまま受け継いでほしいと願っている。安保法案はその平和憲法を空洞化する違憲立法で、極論すれば「孫の生死」にかかる問題をはらんでいる。そのような法案の成立に手を貸すNHKは「孫の敵」になった、という思いがある。そういう意識がNHK受信料支払い停止につながっている。

(当時の私は「だれのこどももころさせない」のスローガンを掲げた「安保関連法に反対するママの会」の気持ちにいちばん近かった)。

 

 その後、上田会長時代になっても、内心の自由を侵すと言われた「共謀罪」法案をめぐる偏向報道、森友・加計学園疑惑、自衛隊「日報」問題、安倍首相「サンゴ移転」発言、沖縄「辺野古」関連報道、勤労統計不正疑惑、閣僚失言・不祥事問題、岩田明子記者によるフェィク解説、官邸寄り忖度人事などなど、安倍政権に不都合な報道が抑えられ、政権側の主張や見解を効果的に伝える「政権広報化」がエスカレートし、「アベチャンネル」「大本営放送局」などいった批判や抗議の声がSNSなどのネット上で止むことはなかった。NHK批判特集やNHK忖度報道の内幕を語る雑誌・週刊誌・書籍なども発売されている。
 従って、受信料支払いの再開には至らなかった。

 その間において、NHKから郵便、電話、訪問などで受信料の催促があったが、電話、訪問を受けたとき、私はその都度、「私がなぜ受信料を支払わないか、NHKに対する私の抗議を知っているか」を確認し、「それに対してNHKはどのような検討・対策を講じているのか」という質問を行った。しかし納得のいく回答は得られなかった。

 NHKは同協会ホームページ「よくある質問集」の中で、「ご契約やお支払いいただけない方に対しても、公共放送の意義や受信料制度について誠心誠意丁寧にご説明し、ご理解いただけるようにつとめています。」と明記している。私はこの点を指摘し、「NHKは私の抗議を踏まえて、NHKの考えや受信料請求についてもっと理解させる必要があると思うが……」と同問題に対するコミュニケーションをのぞんだが、それに対する誠心誠意丁寧な対応はなかった。

 特に2018年(平成30年)11月8日付で東京受信料特別対策センターに窓口が移行してからは、頻繁に電話、訪問などを受けたが、「受信料支払いの意思の確認」のみで、こちらの抗議に対する誠心誠意丁寧な説明はなかった。私は日時を指定してもらえば何時間でも話し合う用意があるとまで言ったが、その対応はなかった。

 そして2019年(平成31年)1月9日付郵便で受信料請求の最終通告があり、期限(1月末日)までに支払わない場合、「法的手続きに移行することを検討せざるを得ない」旨の通知を受け取った。その確認の電話が入ったとき、「これは威嚇、脅迫ではないか」と抗議した。

 放送法が掲げる公共放送としての使命を果たさず、「安倍様のNHK」「アベチャンネル」と揶揄され、国民の知る権利に応えない報道機関に受信料請求の正当な権利はない。そういう抗議にも誠心誠意丁寧に対応せず、受信料だけ一方的に請求するNHKの営業行為は受信契約者の信頼を二重に裏切っている。「政府の広報機関ではなく、国民のためのまっとうな報道機関に戻ったら受信料を支払います」。私はNHKに対してこのように通告し、最終通告に従わず、受信料支払いを拒否した。

 同年3月15日、小田原簡易裁判所より日本放送協会を債権者とする支払督促の特別送達を受けた。
 債権者の要求を認めることは「安倍政権への忖度報道」=「放送法を守らないNHK」を容認することであり、これは安倍政権の悪政を増長し、同政権の延命(独裁化)に手を貸すことであり、この国から「言論と報道の自由」を奪われ、「国民の知る権利」を奪われることであり、「健全な民主主義の発達」を妨害されることであると考える。
そのようなNHK及び日本国の状況・未来に大いなる危惧を抱き、一点の迷いもなく「異議申し立て」を選んだ。

 私は受信料請求の悪質な妨害をしているわけではない。一人のNHK受信契約者として「放送法を守れ」と言っているのであり、「放送法を守れば受信料を払う」と言っているのである。そのような正当な行為に対して「支払督促」という法的手続きを行う行為に対しても私は抗議したい。

 ――国際NGO国境なき記者団」(本部・パリ)が発表した2019年度の「報道の自由度ランキング」で日本は世界180か国・地域のうち、前年と同じ67位。「多様な報道が次第にしづらくなっている」と指摘されている。ちなみに民主党政権時代の2010年には11位だったが、次第に順位を下げ、モリカケ疑惑や共謀罪問題が噴出した17年度は72位まで落ちた。(日経新聞2019.5.20)
 いまこの国の報道ジャーナリズムは”統制“と”忖度”が入り混じり、危機的状況にある。このような状況下で憲法改正の道が開くことを私はいちばん危惧する。もし「国民の知る権利」に寄与することを自覚しているなら、NHKはこの危機的状況を打破する先頭に立ってほしい。

 私はNHKが公共放送として「健全な民主主義の発達に資する」ことを目的とする放送法を尊守し、放送ガイドラインが示す「自主・自立」を貫き「正確」で「公平・公正」な報道機関として「国民の知る権利」に応えるという責務を十分に果たす日が実現した時、受信料支払いを再開したいと考えている。それがこの国の言論・報道の自由と、私の孫の未来の正常化につながっていくからである。(2019.5.21答弁書追加書面「私の言い分」より抜粋)

 

 2019年(平成31年)3月29日、私は小田原簡易裁判所に異議申立書を提出した。書面は郵送でもよかったが、裁判所の下見もかねて直接持参した。
 小田原は私の最寄り駅である小田急線秦野駅からは急行で30分足らず。おだわらツーディ・マーチ(ウォーキング大会)や戦争法反対、原発反対のデモなどでも訪れたことのあるなじみの街である。裁判所と目と鼻の先にある小田原城はちょうど桜が満開で、裁判所の帰路、城内を一周して花見を楽しんだ。
 こうして私のNHK受信料不払い訴訟が始まった。世間では「令和」へのカウントダウンが始まっていた。(この稿 つづく)