夜風夜話 NHKは誰のものか!

「NHK受信料不払い訴訟」の裁判記録とその他の余話

控訴審 控訴理由書① (令和2年1月20日付 東京高等裁判所)

令和元年(ネ)第5020号 放送受信料請求控訴事件
控訴人  ****
被控訴人 日本放送協会

 

控 訴 理 由 書(訂正版)

令和2年1月20日


東京高等裁判所第8民事部E係 御中


控訴人 ****

 *控訴人名は非公開にしています。


はじめに

 本件はNHK受信契約者である控訴人が被控訴人(NHK)の放送(特にニュース報道)に放送法違反があると抗議して受信料の支払いを停止したことにより、被控訴人(NHK)より支払い督促を受け、それに対して異議申し立てをしたことにより発生した事案であるが、第1審において控訴人は以下の2点を主張した。

1. 今日の被控訴人(NHK)は放送法第1条(目的)及び第4条(国内放送等の放送番組の編集等)などに違反しており、同法64条1項、3項に基づく放送受信規約を行使する正当性を喪失している。その根拠として全7項目8例の「放送法違反と思われる事例」を挙げて例証した。

2. 放送受信契約は被控訴人(NHK)と受信契約者(視聴者)の相互信頼によって成立する双務契約であり、被控訴人(NHK)には受信料請求権だけではなく、受信料を請求するに足る放送を視聴者に提供する義務も課されている。この場合の義務を定めているのが放送法第1条、第4条などであり、公共放送としての指針やNHKの取材・制作の基本姿勢を明記した「放送ガイドライン」と言える。

 しかしながら今日の被控訴人(NHK)は「放送法違反と思われる事例」で示したように公共放送として「健全な民主主義の発達に資する」ことなどを目的とする放送法に違反し、放送ガイドラインに掲げる「自主・自立」を堅持し、「正確」で「公平・公正」な報道機関として「国民の知る権利に応える」という責務を十分に果たしているとは言えない。いわば「視聴者の信頼」を裏切っている「債務不履行の状態」であり、そのような状態が続いている限り、受信契約者は受信料支払いを停止・留保する抗弁の権利(民法533条)を有する。

 以上の論拠として、控訴人は平成29年(2017)12月6日の最高裁大法廷においてNHK受信料制度(放送法64条第1項)を合憲と判断した以下の3つの視点・趣旨を挙げて主張した。

1. 放送法64条第1項の意義=健全な民主主義の発達に寄与すること
2. 放送法64条第1項の合憲性=国民の知る権利を実質的に充足させること
3. 受信契約=契約締結には双方の合意が必要

 NHK放送受信契約を「強制義務」として成立させるためには、この3つの要件を満たすことが条件になると、控訴人は主張する。

 第1審における判決はこの3つの要件を検証せず、被控訴人(NHK)の主張をほぼ全面的に認めるもので、控訴人は全く納得がいかない。
 そこで、この控訴理由書を提出し、控訴理由を述べる。尚、この理由書では便宜上、控訴人=私、被控訴人=被控訴人またはNHKという表記を用いたい。

 

第1. 原判決の問題点
(私がもっとも不服とする3つのポイント)

 原判決で私が最も不服とする部分は判決文「第3 当裁判所の判断」の以下の部分である。(4ページ9行目より)
 
 ―――以上のとおり、放送法1条は、同法の目的を定めた規定であり、同法により設立された法人である原告の存立根拠というべき規定であるが、個々の受信者に対する放送事業者の義務を定めた規定とは解されない。
 また、放送法4条は、放送事業者が放送番組の編集にあたってよるべきところを定めた規定であり、原告のみならず、一般放送事業者も負う一般的抽象的義務として定められた規定であって、原告が、原告と放送受信契約を締結した者に対して負担する義務として定められた規定とは解されないし、放送受信契約者が原告に対して負担する受信料支払い義務と対価関係、牽連関係を有する義務として定められた規定と解されるものでもない。
 上記のとおりであるから、被告において受信料支払いを停止・留保する抗弁の権利があるとする被告の主張は採用できない。

 原判決における「当裁判所の判断」は被控訴人(NHK)の主張をそのまま受け入れるかたちになっていて、私は以下の3点でまったく納得がいかず、不服である。

1. 私が論拠とした平成29年(2017)12月6日の最高裁大法廷判決について一言も触れられていない。

 「当裁判所の判断」は被控訴人(NHK)が証拠説明書(甲第2号証)として提出した平成26年6月27日、東京地裁民事25部で言い渡された平成26年(レ)第249号放送受信料請求控訴事件の判決をほぼ踏襲したものになっている。私はNHK放送受信料請求事件の法的根拠を求める場合、現時点においてはこの平成29年12月6日の最高裁判決を基準にすべきと主張する。

2. 私が「放送法違反と思われる事例」として例証した以下の7項目8例についての判断がされていない。

平成27年(2015) 安保法制をめぐるNHKの政権寄り偏向報道
平成27年(2015)9月「安保法案 参院特別委で可決」を既成事実化したNHK速報テロップと政治部記者の偏向解説
③平成29年(2017) 共謀罪法案をめぐるNHKの政権寄り偏向報道
④平成29年(2017) 森友学園疑惑におけるNHKの忖度報道
⑤平成29年(2017) 加計学園疑惑におけるNHKの忖度報道
平成31年(2019) 統計不正問題=小川淳也議員による根本大臣不信任決議案趣旨弁明を悪意ある切り取り編集で貶めたNHKニュース
⑦リベラル系週刊誌「週刊金曜日」と保守系月刊誌「月刊日本」によるNHK批判特集
・添付事例1.なぜ首相の「サンゴ発言」を検証せず放置したのか
・添付事例2.岩田明子記者の虚報

 これらの事例は私が受信料の支払いを停止し、いまも停止を続けている直接的な動機であり、NHKからの支払い督促に対して異議申し立てをした具体的な理由である。この事例に対する判断が一言も示されていないことは白紙解答も同然であり、第2審においてはぜひこれらの事例に対するご判断をお示し願いたい。

 また、被控訴人(NHK)は「被告は原告の放送する番組の内容にかかわらず、受信料支払い義務を負う」「原告の放送において、放送法違反は存在しない」と主張しているが、「当裁判所の判断」ではその件についても言及がない。原判決で被控訴人(NHK)の主張が認められたことになっているので、結果的にこの主張も認められたかのような印象を与えている。実際にそうなのか。2審においてはこの点についてのご判断もお示し願いたい。

3. 公共放送の危機、NHKと視聴者(受信契約者)の信頼関係に対する危機の声をやめるわけにはいかない。

 本事案は私の個人的な受信料不払いの正当性を主張するものであるが、同時に、公共放送の報道機関として今日のNHKのありようについて異議申し立てをしている。それは第1審において提出した答弁書及び準備書面などでも明らかにしている。原判決ではそうした視点への配慮がまったくない。
 私は公共放送としてのNHKの存在価値と受信料制度についても認めたうえで、現在のNHKのニュース報道に危惧している。またNHKと視聴者(受信契約者)の信頼関係についても疑問を抱かざるを得ない。
 第2審においてはそうした視点から、この裁判の意義をご理解いただき、NHKと視聴者(受信契約者)の幸福な関係につながる審理・判断をお願いしたい。

 

第2. 原判決に対する反論(その1)
平成29年(2017)最高裁大法廷判決の視点から

 平成29年(2017)12月6日の最高裁判決はNHK受信料制度(放送法64条第1項)の合憲性を示した最新の判例だが、そこで示された3つの視点=①「健全な民主主義の発達に寄与する」②「国民の知る権利を実質的に充足させる」③「契約締結は双方の合意に基づく」は、放送法とNHKと視聴者(受信契約者)の本来あるべき関係を正しく明示している。
 この3つの視点についての要旨は第1審で提出した準備書面(令和元年9月17日付 2頁~4頁)で詳しく述べているのでここでは省略するが、それを踏まえた上で原判決に対する控訴理由を述べたい。

 まず初めに最新の岩波新書の一冊、川端和治『放送の自由――その公共性を問う』(2019.11.20 岩波新書)の中の一文を紹介する。この中で「NHKが公共放送であるための条件」(同書136頁~139頁)という見出しで、この平成29年12月の最高裁判所の見解を紹介している。以下、その一部を抜き書きして引用する。

〇「NHKが公共放送であるための条件」(弁護士 川端和治)

 受信料制度が憲法に違反しないことを示したこの最高裁判所判決によって、任意の受信契約締結・支払い者が増加して受信料収入が増大し、また受信料不払いによってNHKの放送内容に抗議する運動が困難になって、NHKの経営基盤は盤石のものになったといわれる。
 しかし、この判決内容から明らかなように、最高裁判所は、NHKが「憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され、その目的にかなう合理的なものである」からこそ憲法に違反しないとしたものである。言い換えれば、NHKを視聴しているかどうかにかかわりなく、受信設備を設置すれば等しくその運営経費を負担させることができる制度が憲法に違反しないと言えるためには、NHKが「放送の不偏不党、真実及び自立」を実践し、その「放送が健全な民主主義の発達に資する」ものであると受信設備設置者から広く認められていることが必要なのである。つまり、この判決が公共放送であるための条件を示していると読むことができる。
(川端和治「放送の自由――その公共性を問う」136-139頁 岩波新書2019.11.20より) 乙15号証

 川端和治弁護士は第二東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長を歴任。2007年から2018年まで、BPO放送倫理・番組向上機構放送倫理検証委員会委員長をつとめ、2018年には放送批評懇談会より「第9回志賀信夫賞」を贈られている。いわば放送法の重鎮とも言える存在。

 原判決に対する反論は「NHKが公共放送であるための条件」として最高裁判決の見解を示した川端弁護士のこの一文で必要にして十分と思われるが、原判決における「当裁判所の判断」に即して、以下に反論を行う。

1. 放送法1条についての「当裁判所の判断」について

 原判決では放送法1条について以下のような判断を示している。
 ――「放送法1条は、同法の目的を定めた規定であり、同法により設立された法人である原告の存立根拠というべき規定ではあるが、個々の受信者に対する放送事業者の義務を定めた規定とは解されない。」

 この理屈は単純な論点ずらしの説明でしかない。放送法1条が同法の目的を定めた規定であることは百も承知の上で、その目的の実現に逆行する報道を行っているから1条違反と私は主張している。
 川端弁護士も指摘するように、受信料制度が憲法に違反しないと言えるためには、NHKが「放送の不偏・不党、真実及び自立」(放送法1条2項)を実践し、その「放送が健全な民主主義の発達に資する」(放送法第1条3項)ものであると受信設備設置者から広く認められることが必要なのである。
 しかしながら「放送法違反と思われる事例」であげたように、今日のNHKのニュース報道は現政権に忖度し、政権に都合の悪いニュースは報道しない、政権に対する疑惑や不祥事なども深く追及しない、あるいは目立たないように放送するなどの状態が続いており、「放送の不偏・不党、真実及び自立」を実践し「健全な民主主義の発達に資する」ものとは言えない。

 メディア情報法が専門の服部孝章立教大学名誉教授も月刊誌「世界」2019年12月号(2019.12.1 岩波書店)に掲載された『NHKはぶっ壊すしかないのか――いま公共放送の意義を問う』の中で、「民主主義を育てる基盤の喪失」の見出しで、放送法第1条3項について次のように述べている。以下、抜き書き。
 
 ――放送法第1条3項には「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」という規定がある。「健全な民主主義」はジャーナリズムの基本である<権力へのチェック>によって成り立つものであろう。そこから市民の政治に対する意識も成熟していき、民主主義の発達が促されていくことになる。現在、日本の民主主義の空洞化が危惧されるのは、メディアによって市民の政治意識を育てる基盤が失われていることも大きいのではないか。

 ――特定秘密保護法や安保法制にかかわるNHKのニュース番組では、安倍首相や菅義偉官房長官首相補佐官、さらには安倍番の政治部記者が頻繁にニュースに登場し、政権幹部の動向を無批判に伝える姿勢が目についた。

 ――NHKは自らの「公共性」を真摯に追及することを怠ってきた。受信料を徴収する正当性を自ら放棄してきたといってもよいのではないか。

立教大学名誉教授・服部孝章『NHKはぶっ壊すしかないのか――いま公共放送の意義を問う』月刊誌「世界」2019年12月号63~64頁より 岩波書店刊) 乙16号証

 つまり「健全な民主主義の発達に資する」報道ジャーナリズムの基本は「権力の監視機関」として機能することであることを、放送法1条は示している。しかし政権に忖度し、政府の広報機関と化している現在のNHKは明らかにこの放送法1条が掲げる放送法の目的を放棄していると言わざるを得ない。
 原判決でも、放送法1条は「同法により設立された法人である原告の存立根拠という規定ではある」と述べている。しかしそれに続いて「個々の受信者に対する放送事業者の義務を定めた規定とは解されない」という判断は、NHKと受信契約者の関係を明快に示した最高裁判決の趣旨と放送法の精神を蔑ろにした無責任な言い逃れを認めたことに等しい。

2. 放送法4条についての「当裁判所の判断」について

 放送法4条について、原判決は以下のような判断を示している。
――「放送法4条は、放送事業者が放送番組の編集にあたってよるべきところを定めた規定であり、原告のみならず、一般放送事業者も負う一般的抽象的義務として定められた規定であって、原告が、原告と放送受信契約を締結した者に対して負担する義務として定められた規定とは解されないし、放送受信契約者が原告に対して負担する受信料支払い義務と対価関係、牽連関係を有する義務として定められた規定と解されるものでもない」

 放送法4条1項は放送事業者が放送番組の編集にあたってよるべきところを定めた規定だが、「当裁判所の判断」には受信料制度(64条1項)を合憲とした最高裁判決の3つ視点・趣旨(前述)が全く反映されていない。
 最高裁判決を論拠とする私の主張はすでに第1審の準備書面(令和元年9月17日付)で述べているが、少し角度を変えながら再確認したい

(1)NHK受信料の対価(権利利益)は「国民の知る権利の実質的な充足」であるということ

 最高裁判決は、受信料制度(放送法64条1項)を合憲とする理由として、公共放送を担うものとしてNHKを存立させ、自律的に運営されるようにするため、「その財政的基盤を受信料負担で確保するものとした仕組みは、憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され、その目的にかなう合理的なものと解されるのであり…」と示している。
つまり受信契約を結ぶ立場から考えれば、NHK受信料の対価(=権利利益)は「国民の知る権利の実質的な充足」であり、NHKにはそれを実現する義務があると主張するのは当然である。
 前述の川端和治著「放送の自由――その公共性を問う」の「放送法4条と表現の自由」の章の中(99~100頁)で、「知る権利」について次のように述べている。

 ――「表現の自由」には、自分に必要な情報を自由に「知る権利」の保障も当然含まれていると理解されている。世界人権宣言は、表現の自由について定めた19条で「この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を超えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む」と規定している。つまりここでは、「表現の自由」は単に情報と思想を伝える自由ではなく、求めてそれを受ける自由、つまり「知る権利」と一体となった人権であるとされているのである。

 最高裁判決が受信料制度を合憲とした理由にあげた「国民の知る権利」は憲法21条(表現の自由)の下で国民一人一人に保障された権利である。そしてNHK受信料制度も放送法64条1項において国民一人一人との契約を義務付けている。そこでNHKと受信契約者の間には契約者一人一人の関係で対等な権利義務関係が成り立つ。また「実質的に充足」という文言がある以上、NHKは一人一人の受信契約者に対して、「国民の知る権利」による具体的な権利利益や恩恵をもたらすものでなければならない。

(2)「国民の知る権利の実質的な充足」を実現する具体的なモノサシや評価基準が放送法第4条1項などであるということ 

 「国民の知る権利」は一般的抽象的な概念だが、私たち(受信契約者一人一人)が日々の暮らしの中で求める情報や知識は一般的抽象的なものだけではない。例えば、「税金」「年金」「介護」「医療」「子育て」「少子化」「教育」「防災」などの生活密着情報から政府の「経済政策」「外交」「安全保障」「地球温暖化」などまで多岐にわたる。そこでメディアが正確な情報を提供し、国民一人一人が正しく判断できることで「国民の知る権利」は具現化される。例えば「選挙報道」などでは有権者の判断=投票行動に資する良質な情報や番組が提供されるかどうかで、国の運命を左右することにもつながる。
 こうした「国民の知る権利」を実現する具体的なモノサシや評価基準が放送法第4条1項各号であり、NHK放送ガイドラインと言える。

放送法第4条1項(1号を除く)
二 政治的に公平であること
三 報道は事実を曲げないこと
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点
を明らかにすること

 私が第1審の答弁書「私の言い分」(令和元年5月21日付)であげた「放送法違反と思われる事例」全7項目8例は、この4条1項に反する放送事例を挙げたもので、「国民の知る権利を実質的に充足させる」というNHKの責務を十分に果たしているとは言えない。
 「国民の知る権利」と「公共の福祉」に奉仕する公共放送としてのNHKが時の政権に私物化され、あるいは忖度し、「国民の知る権利」に蓋をするようなことがあっては「健全な民主主義の発達に資する」とした放送法1条を踏みにじり、非民主化の道にこの国を導くことにもなりかねない。

 放送法4条1項の規定は「法規範」(政府)か「倫理規範」(学者、放送関係者)かという議論があり、前述の川端和治「放送の自由――その公共性を問う」にも詳細に紹介されている(10頁など)。2016年2月の高市早苗総務相(当時)の「電波停止」発言のように、放送事業者が政治的公平性などの放送法違反をした場合、行政指導や電波法76条の停波処分の対象になるとする政府の考えには私も反対である。放送法は1条において「放送の不偏不党、真実及び自立を保障」しており、政府・政権・政党の介入を禁じている。そこで放送事業者が「倫理規範」を主張することは理解できる。

 しかし受信料制度を合憲とした最高裁判決の趣旨に照らせば、受信契約者とNHKの関係においては、NHKは受信契約者に対して「法規範」として4条1項の遵守義務があると解するのが自然である。一般的抽象的義務や公法上の義務などという概念的なものではなく、実効性、具現性を伴った義務でなければ、「国民の知る権利の実質的な充足」にはつながらないし、「民主主義の健全な発達に資する」ことはできない。

 「法律」や「ガイドライン」は「条文」や「指針」として抽象的に存在するのではなく、人々の日々の暮らしやさまざまな感情や価値意識、ときには人の運命や生死にまで直結しているということ。そこに「実効性」と「具現性」が伴わなければただの「お題目」にすぎない。
 第1審で提出した準備書面(令和元年9月17日付)で紹介した国際ジャーナリストの堤未果氏も「国民の知る権利」に関連して次のように述べている。 ――「戦争と平和、差別と人権、いのちと生物多様性、コミュニティの消滅や環境問題、農村・漁村の、ささやかだけれど大切な営みが破壊されていくこと。私たちが抱える問題は全て「知る権利」が損なわれたら、解決できないのです。(「支配の構造 国家とメディア――世論はいかに操られているか」SB新書20190715より)

 この「知る権利」とその手立てとなる放送法第4条1項の規定に対するNHKの責務は決して一般的・抽象的な義務であってはならない。
 放送法81条には「協会は、国内基幹放送の放送番組の編集及び放送に当たつて は、第4条第1項に定めるところによるほか、次の各号の定めるところによらなければならない。」と規定して、4条1項各号の遵守義務を課している。
 
 また原判決の「当裁判所の判断」では、放送法4条は「原告のみならず、一般事業者も負う一般的抽象的義務として定められた規定」と述べているが、最高裁判決では「放送法がNHKについて、営利目的の業務や広告放送を禁止し、事業運営の財源を受信設備設置者から支払われる受信料で賄うこととしているのは、特定の個人、団体、国家機関などから財政面での支給や影響がNHKに及ぶことのないようにし、NHKの放送を受信できる者に広く公平に負担を求めることで、NHKが上記の者ら全体に支えられる事業体であることを示すものに他ならない」と指摘している。

 これはNHKが公益的性格を持つことを財源面から示すもので、国民一人一人の受信料で財源を賄うからには、商業放送で成り立つ一般事業者(民間放送)より強い公共性が求められる。時には採算を度外視しても公益に資する情報を提供するとともに、「権力の監視機関」として国民一人一人の「知る権利」に応える義務がある。4条1項に対する遵守義務も公共放送としての責任が伴うものでなければならない。

(3)NHK受信契約はNHKと受信契約者の「双方の合意」と信頼関係に基づく「双務契約」であるということ

 最高裁判決は受信契約には「双方の合意」が必要で、契約成立には「双方の意思表示の合致が必要」と指摘している。この「双方合意」の原則は、NHKと受信契約者の対等・平等な信頼関係によって成り立つものであり、当然、その関係は受信契約後も継続されなければならない。
    
 ここで改めて「双方の合意」の「合意内容」について確認したい。

1.受信契約者はNHKが「国民の知る権利」を「実質的に充足させる」放送を提供する対価として64条1項に基づく受信契約を結ぶ義務を負い、同64条1項に基づく放送受信規約に規定された受信料を支払う。

2.NHKは受信契約者に「国民の知る権利」を「実質的に充足させる」放送を提供する対価として64条1項に基づく受信契約を結び、同64条1項に基づく放送受信規約を実行する正当性(法的資格)を得る。

3.「国民の知る権利の実質的な充足」を実現するモノサシ、評価基準として放送法1条、4条1項などがあり、NHKは受信契約者に対してその遵守義務を負う。

 この合意内容はNHKと受信契約者の間に明らかに権利義務関係が存在することを示しており、放送受信契約は有償双務契約であることは明らかである。また放送受信規約の前段には「放送法64条第1項の規定により締結される放送の受信についての契約は、次の条項によるものとする」と明記されており、この点からも、この規約は64条1項を合憲とした最高裁判決の3つの視点・趣旨を要件として行使されなければならない。

 この「双方の合意」に基づく「合意内容」に「不履行の状態」が続けば、受信契約者はNHKに対して、最高裁が合憲とした受信料制度(64条1項)に基づく受信料徴収の正当性を放棄しているとして、受信料支払いを停止・留保する抗弁権(民法533条)を主張できることは当然である。

 以上が原判決における「当裁判所の判断」に対する私の反論である。
 
 現在のNHKの放送においても、最高裁が受信料制度を合憲の理由に挙げた「国民の知る権利の実質的な充足」と「健全な民主主義の発達に寄与する」ことに反する報道は続いており、その最新事例を次に紹介する。

控訴理由書②につづく