夜風夜話 NHKは誰のものか!

「NHK受信料不払い訴訟」の裁判記録とその他の余話

第1審 答弁書「私の言い分」(令和元年5月21日付 小田原簡易裁判所→横浜地方裁判所)

事件番号 平成31年(ハ)第***号(小田原簡易裁判所民事A係)
事件番号 令和元年(ワ)第***号(横浜地裁小田原支部Aイ係)
事件名 放送受信料請求事件
原 告 日本放送協会
被 告 ****

*この答弁書「私の言い分」は 令和元年5月21日に小田原簡易裁判所に提出した答弁書追加書面「私の言い分」の全文です。事件番号及び被告名は非公開とします

*本件は令和元年5月21日、小田原簡易裁判所における期日公判で横浜地裁小田原支部への移送が決定。

 

私の言い分

1.放送法および日本放送協会放送受信規約について

 請求の原因1において、原告(NHK)は「放送法に基づいて設置された法人」としているが、放送法第1条(目的)は「放送の不偏不党、真実および自立を保証することによって、放送による表現の自由を確保すること」(第2項)「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」(第3項)と規定している。
 また第4条(国内放送等の放送番組の編集等)では「政治的に公平であること」(第1項2号)「報道は事実を曲げないですること」(同3号)「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」(同4号)などと定めている。(乙1号証①)
 原告(NHK)は後記「放送法違反と思われる事例」で述べるように、放送法第1条2項、3項および第4条1項2号、3号、4号に違反しており、同法64条第3項に基づく日本放送協会放送受信規約を行使する正当性(法的資格)を喪失している。従って、本訴状による請求の原因1は認められない。

*実際の答弁書はこの後に「放送法違反と思われる事例」が入り、以下の文が続いていますが、全体の経緯をわかりやすくするためここでは後半に回しています。

2.放送受信契約の締結について

(1)請求の原因2によれば、「債権者と債務者は平成23年11月26日、衛星の放送受信契約を締結し…」とあるが、それ以前にも昭和50年代初め頃から地上契約を結んでおり、衛星契約と合わせて約40年程、継続して受信料を支払ってきた実績がある。そういう実績のある契約者がなぜ受信料支払いを停止したか、NHKは真剣に受け止め、受信料請求を考える必要がある。

(2)放送受信契約は原告(NHK)と受信契約者(視聴者)の相互信頼によって成立する双務契約であり、原告(NHK)には受信料請求権だけでなく、受信料を請求するに足る放送を視聴者に提供する義務も課されている。この場合の義務を定めているのが放送法第1条(目的)、第4条(放送番組の編集等)などであり、公共放送としての指針やNHKの取材・制作の基本姿勢を明記した「放送ガイドライン」と言える。
 原告(NHK)の上田良一会長も「NHKのよって立つところは国民・視聴者の信頼と確信している。報道機関として自主自立・不偏不党の立場を守り、公平公正を貫くことが、公共放送の生命線であると認識している」と述べている(平成30年3月29日参院総務員会)。

(3)しかしながら後述(放送法違反と思われる事例)で述べるように、今日の原告(NHK)は公共放送として「健全な民主主義の発達に資する」ことなどを目的とする放送法に違反し、放送ガイドラインに掲げる「自主・自立」を堅持し、「正確」で「公平・公正」な報道機関として国民の知る権利に応えるという責務を十分に果たしているとは言えない。いわば「視聴者の信頼」を裏切っている「債務不履行の状態」であり、そのような状態が続いている限り、受信契約者は受信料支払いを停止・留保する抗弁の権利(民法533条)を有する。

3.放送受信料の不払いについて

 請求の原因3によれば「債務者は平成27年10月1日以降の放送受信料を支払わい…」とあるが、これは「金銭上の理由による不払い」ではなく、原告(NHK)の国会報道・ニュース報道に対する「抗議の支払い停止」である。以下、その理由と経緯を述べる。

(1)「政府が右ということを左というわけにはいかない」などと公言した籾井勝人NHK会長時代、NHKのニュース報道は急速に政権寄りにかじを切り、憲法学者の大多数が「違憲」とする安保関連法案の国会報道(前述)においては、国会審議の中身や国民の声などを十分に反映させず、「政府の広報機関」「安倍様のNHK」などと揶揄されようになった。

 安保関連法案は“戦争法案”とも呼ばれ、平和憲法下の戦後政治に一大転換をもたらすものであり、「SEALDs」「ママの会」「学者の会」などが立ち上がり、世代を超えて全国的な反対運動のひろがりを見せていた。そうした動きを正確に伝えないNHKに対する社会的な批判・不信感も高まり、私もNHKのニュース番組や国会報道に対して不信感と怒りを募らせていった。
 8月19日、25日には、NHKの報道が政権側に偏っていると考える市民らが「政府の声ではなく、国民の声を報道しろ!」と叫んで、東京・渋谷のNHK放送センターを取り囲む抗議行動を行った。25日には約1千人が参加した。(朝日デジタル2015.8.25)(乙9号証①)

 この頃、醍醐聡・東大名誉教授らによる「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」が籾井会長と百田尚樹長谷川三千子両経営委員の辞任を求める署名活動とともに、「受信料凍結運動」を展開していることをネット上で知り、そういう抗議の仕方に強い関心と共感を覚えた。
 
 そして平成27年9月17日の同法案参院特別委実況中継において、速記録(未定稿)に「…議場騒然、聴取不能」と記述され、「可決」の宣告は明記されていないにもかかわらず、16時42分頃、NHKは「安保法案、参院特別委で可決」の速報テロップをながし、政治部記者の事実に即しない解説を行った(前述)。

 この時、私は「NHKは死んだ」と思った。
 安保法案の「可決」を既成事実化するNHK報道の暴挙に、私は激しい怒りを覚え、同月末日、NHKふれあいセンターに電話で抗議し「安倍様のNHKから国民のNHKに戻るまで受信料の支払いを停止します」と通告し、口座振替の停止手続きを行った。

 ここで私がNHKに対して激しい怒りを覚え、受信料支払い停止に及んだもう一つの理由について触れておきたい。
 私はごく普通の市民だが、安保法案=戦争法案は、私の孫の未来を左右する重要な法案であると考えていた。私は日本国憲法が施行された昭和22年生まれで、「戦争放棄」を明記した第9条に強い愛着をもっている。自分の子どもや孫の世代にもこの平和憲法をそのまま受け継いでほしいと願っている。安保法案はその平和憲法を空洞化する違憲立法で、極論すれば「孫の生死」にかかる問題をはらんでいる。そのような法案の成立に手を貸すNHKは「孫の敵」になった、という思いがある。その意識がNHK受信料支払い停止につながっている。

(2)その後、上田会長時代になっても、「共謀罪」法案をめぐる偏向報道、森友・加計学園疑惑、自衛隊「日報」問題、安倍首相「サンゴ移転」発言、沖縄関連報道、勤労統計不正疑惑、閣僚失言・不祥事問題、岩田明子記者によるフェィク解説、官邸寄り忖度人事などなど、安倍政権に不都合な報道が抑えられ、政権側の主張や見解を効果的に伝える「政権広報化」がエスカレートし、「アベチャンネル」「大本営放送局」などいった批判や抗議の声がSNSなどのネット上で止むことはなく、雑誌・週刊誌のNHK批判特集やNHK忖度報道の内幕を語る書籍なども発売されている。
従って、受信料支払いの再開には至らなかった。

(3)その間において、NHKから郵便、電話、訪問などで受信料の催促があったが、電話、訪問を受けたとき、私はその都度、「私がなぜ受信料を支払わないか、NHKに対する私の抗議を知っているか」を確認し、「それに対してNHKはどのような検討・対策を講じているのか」という質問を行った。しかし納得のいく回答は得られなかった。

(4)NHKは同協会ホームページ「よくある質問集」の中で、「ご契約やお支払いいただけない方に対しても、公共放送の意義や受信料制度について誠心誠意丁寧にご説明し、ご理解いただけるようにつとめています。」と明記している。私はこの点を指摘し、「NHKは私の抗議を踏まえて、NHKの考えや受信料請求についてもっと理解させる必要があると思うが……」と同問題に対するコミュニケーションをのぞんだが、それに対する誠心誠意丁寧な対応はなかった。

(5)特に昨年11月8日付で東京受信料特別対策センターに窓口が移行してからは、頻繁に電話、訪問などを受けたが、「受信料支払いの意思の確認」のみで、こちらの抗議に対する誠心誠意丁寧な説明はなかった。私は日時を指定してもらえば何時間でも話し合う用意があるとまで言ったが、その対応はなかった。

(6)そして本年1月9日付郵便で受信料請求の最終通告があり、期限までに支払わない場合、「法的手続きに移行することを検討せざるを得ない」旨の通知を受け取った。その確認の電話が入ったとき、「これは威嚇、脅迫ではないか」と抗議した。
 放送法が掲げる公共放送としての使命を果たさず、「安倍様のNHK」「アベチャンネル」と揶揄され、国民の知る権利に応えない報道機関に受信料請求の正当な権利はない。そういう抗議にも誠心誠意丁寧に対応せず、受信料だけ一方的に請求するNHKの営業行為は受信契約者の信頼を二重に裏切っている。「政府の広報機関ではなく、国民のためのまっとうな報道機関に戻ったら受信料を支払います」。私はNHKに対してこのように通告し、最終通告に従わず、受信料支払いを拒否した。

(7)本年3月15日、小田原簡易裁判所より日本放送協会を債権者とする支払督促の特別送達を受けた。
 債権者の要求を認めることは「安倍政権への忖度報道」=「放送法を守らないNHK」を容認することであり、これは安倍政権の悪政を増長し、同政権の延命(独裁化)に手を貸すことであり、この国から「言論と報道の自由」を奪われ、「国民の知る権利」を奪われることであり、「健全な民主主義の発達」を妨害されることであると考える。
そのようなNHK及び日本国の状況・未来に大いなる危惧を抱き、一点の迷いもなく「異議申し立て」を選んだ。

(8)私は受信料請求の悪質な妨害をしているわけではない。一人のNHK受信契約者として「放送法を守れ」と言っているのであり、「放送法を守れば受信料を払う」と言っているのである。そのような正当な行為に対して「支払督促」という法的手続きを行う行為に対しても私は抗議したい。

 

放送法違反と思われる事例》 

(1) 平成27年(2015)安保法制をめぐるNHKの政権寄り偏向報道 

 平成27年(2015)の春から秋にかけて、安保関連法案をめぐる国会の動きが大きな注目を集めた。同法案は集団的自衛権の行使を可能にし、自衛隊の海外での武力行使の道を開くもので“戦争法案”とも呼ばれ、憲法学者の大多数が“違憲”を表明し、世代を超えて全国的な反対運動のひろがりを見せた。

 別紙付表1(乙2号証①)は、同法案が閣議決定された5月から国会会期終了の9月まで、NHKと民放キー局の代表的なニュース番組をモニター調査した報告書「安保法案国会審議・テレビニュースはどう伝えたか」から抜粋したものである。(視聴者団体「放送を語る会」 2015.11.25発表 *注)

 付表1テレビ朝日報道ステーション」とTBS「NEWS23」で報じられた内容でNHK「ニュースウオッチ9」が報道しなかった事項の代表的な事例を一覧にしたものだが、報告書では「ニュースウオッチ9」は「政権にとってマイナスになる出来事や審議内容を極力伝えない傾向にある」ことを指摘している。NHKニュースだけ見ている人にはこういう重要な項目は”なかったこと“になり、公共放送の重要な使命である”国民の知る権利”に応えていないことが如実に示された一例ともいえる。

f:id:YokazeTabino:20200401171248j:plain


 
 同報告書は注目すべき事例のひとつとして、NHKが独自に行ったアンケート問題を取り上げている。以下、引用(一部省略)。

 「NHKは日本で最も多くの憲法学者が参加する日本公法学会の会員、元会員に安保法案についての大がかりなアンケート調査を実施。締め切りは7月3日で、普通に集計すれば衆院採決前に結果の発表ができたはずであった。ところが、その結果は衆院で採決された後、7月23日の『クローズアップ現代』の中で2分程度で伝えられた。それによるとアンケートは1146人に送付され、422人が回答。内訳は〈違憲違憲の疑い〉が377人で約90パーセント、〈合憲〉とする意見が28人だった。圧倒的に〈違憲〉の回答が多い。普通ならこの結果自体が〈ニュース〉であって、それをもとに企画ニュースが組まれてもいいものである。結果が政権には明らかに不利であり、局内で発表にストップがかかった疑いが強い。」(乙2号証②)
 このアンケート問題は「国民のためのNHK」が「政府・政権のためのNHK」であることを強く印象付けた出来事として、私の記憶にも残っている。
 
 同報告書・中間報告(2015.8.19発表)では、NHKの報道姿勢について「ひと言で言えば、政権側の主張や見解をできるだけ効果的に伝え、政権への批判を招くような事実や批判の言論、市民の反対運動などは極力報じない、という際立った姿勢である。法案の解説にあたっても、問題点や欠陥には踏み込まず、あくまでその内容を伝えることに終始している。また法案に関連する調査報道は皆無に近い」と指摘。11月発表の最終報告では「5か月間の番組チェックを通して浮かび上がってきた最大の問題は、NHK政治報道の政府寄りの偏向である。それは”政府広報“と批判されてもやむを得ない域に達していた」と述べている。(乙2号証③)

 この報告書で指摘されていることは、私自身、同時期のNHKのニュース報道を見て常々感じていたことである。

 (*注)視聴者団体「放送を語る会」は――NHKで働く放送労働者有志が1990年8月に、視聴者市民、メディア研究者、民放関係者、ジャーナリストに呼びかけて発足した団体で、さまざまな立場の人びとが放送について考え、研究、発言する視聴者団体のひとつになっている。

 このモニター報告書は同会ホームページで公開されている他、「安保法案 テレビニュースはどう伝えたか」(解説・鎌田慧)の書名で出版されている(かもがわ出版 2016.2.1)。また立教大学教授・砂川浩慶著「安倍官邸とテレビ」(集英社新書 2016.4.20)の中でも紹介されている。

 

(2) 平成27年(2015)9月「安保法案 参院特別委で可決」を既成事実化したNHK速報テロップと政治部記者の偏向解説

 平成27年(2015)9月17日、NHKは大詰めを迎えた安保関連法案参院特別委員会をスタジオと国会を結んで生中継した。
 参院特別委は16時28分頃、鴻池委員長の不信任動議を否決。鴻池委員長が委員長席に復席した後、そこへ与党議員が殺到し、のちに“人間かまくら”と揶揄される状態で委員長をブロック、虚を突かれた野党議員が抗議し、委員会は大混乱に陥った。
 速記録(未定稿)によれば「…議場騒然、聴取不能」と記録され、「可決」の宣告は明記されていない。にもかかわず、16時42分過ぎ、NHKは「安保法案、参院特別委で可決」の速報テロップを流し、政治部記者の事実に即しない解説を行った。

 別紙(乙3号証①②)は「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」の共同代表を務める醍醐聡・東京大学名誉教授のブログから2015年9月30日分、10月2日分を抜粋したものである。
 9月30日分「それでも“採決”はなかった~NHKの実況中継で再現すると~」(乙3号証①)の中で、同氏は9月17日のNHK参院特別委実況中継の模様を原稿で書き起こし再現している。記載した時刻はNHKふれあいセンターに問い合わせ、応対した担当者に録画をたどってもらって確認したとある。
 以下、一部を引用。

(16:28:46)高瀬アナ:委員長不信任動議が否決され、鴻池委員長が着席しました。中谷、岸田両大臣、そして安倍首相が着席しました。……委員長席には野党議員が激しく詰め寄っています。委員長の姿はほとんど見えない状況です……

(16:30:16)高瀬アナ:今、安倍総理大臣が席を立ちました。……今、与党の議員が立ち上がっています。

 田中康臣・政治部記者:はっきりしたことはわかりませんが、法案についての採決が行われているものとみられます。

 高瀬アナ:採決ですか……

 田中記者:はい、委員長に対する不信任動議が否決されました。その後、与党は質疑を打ち切る構えをみせていたんです。その後、(法案の)採決に踏み切る方針でしたので……。それに対して野党が激しく抗議している状況だと思われます。

 高瀬アナ:与党側の委員が起立する姿が見られましたので、採決が行われた可能性があります。委員長の姿は、ほとんど多くの委員の姿に隠れてしまっています。……今、拍手が起きています。正確な情報が入り次第、お伝えします。与野党の議員が激しくもみ合う状況になっています。
 委員長の発言は聞き取れない状況になっています。先ほどは与党側の議員が立ち上がる姿が見られました。そして拍手も起きています。……
 今、何かを読み上げているようにも聞こえます。採決が行われているようです。与党議員は立ち上がりました。まったく聞き取れない状況です。田中さん、先ほどから混乱した状況ではありますが、採決が行われているようですね。

 田中記者:5分ほど前になりますが、委員長不信任動議が否決され、委員長が席に戻りました。その後、与党の方針としては質疑を打ち切って採決に移る構えだったのです。それを踏まえますと、質疑(「採決」の誤り)を行っている可能性が高いと思います。

 高瀬アナ:何か与党の議員が立ち上がる姿が見えました。……安倍内閣総理大臣が不在の場ですが、採決が行われているようです。何度か、このように委員席の方へ与党側の理事らが起立を促す様子が見えます。

(16:37:21)高瀬アナ:鴻池委員長が今、席を立って委員会室から退席します。これは田中さん、散会したということでしょうか?

 田中記者:詳しいことはわかりませんが、何らかの……

(16:42:17)画面上方に字幕「安保法案 参院特別委で可決 自民、公明、次世代などの賛成多数」

(14:42:18)画面下方に字幕「安保法案 参院特別委で可決」

 

 同ブログで、醍醐聡氏は「再生した映像からわかること」として次の3点を指摘している。

 <1>.映像には、与野党議員が委員長席を囲んでもみ合う状景や、与党議員(秘書も動員されていたという指摘もある)がスクラムを組む格好で鴻池委員長を取り囲み、ブロックしている状景が映されている。高瀬アナも何度も委員長の姿は委員に隠れてまったく見えないと語っている。
 このような状況で、鴻池委員長は賛成「起立者の多数を認定」(参議院規則137条)できたはずがなく、「その可否の結果を宣告」(同条)できるはずがなかったことは明らかである。
 
 <2>.さらに、参議院規則第136条は、「議長(ここでは「委員長」と読み替え)は、評決を採ろうとするときは、評決に付する問題を宣告する」と定めているが、速記録には「議場騒然、聴取不能」と記されるのみで、鴻池委員長が5つの問題ごとに評決に付する問題を宣告した記録も、起立多数を認定した委員長の発言も記録されていない。
 高瀬アナも「委員長の発言はまったく聞き取れない状況になっています」と発言している。
 
 <3>.田中康臣・政治部記者は何度か「採決された模様です」と発言しているが、よく状況を把握できないと言いながら、そのように「憶測」したのは「与党としては、委員長不信任動議が否決されたら、直ちに質疑を打ち切り、採決の移る構えだったから」と語っている。
 しかし、予定されていた2時間の締め括り質疑を打ち切ることは理事会で合意されていたわけではないし、どの時点で質疑を打ち切るかなど、野党議員は知る由もなかったはずだ。

 結局、田中記者は自分が事前に知っていた議事進行のシナリオをもとに「推測」で「採決がされた模様」と語ったことになる。これがどうして「事実に基づく報道」といえるのか、与党が描いたシナリオを解説し、「存在」自体を現認できない「採決」が成立したかのように伝えた田中記者のバイアスを見過ごすことはできない。

 醍醐氏の10月2日のブログ(乙3号証②)によれば、田中記者は9月17日23時半からのNHK NEWS WEBに出演し、松本正代アナやネットナビゲーターのドミニク・チェンさんとのやり取りの中で、次のようにも語っている。

(田中記者)「私も採決の瞬間に生放送で解説をしていたんですが、私自身も今、何が行われているのかということが正直言ってわからない状況でした……」

 田中記者の「正直言ってわからない状況でした」と語った発言こそ本音に近いものといえるが、「安保法案、参院特別委で可決」のNHK速報は、実況中継を視聴していた多くの国民をはじめ、他のメディアに対しても影響を与えたはずである。
 醍醐氏のブログには「与党の暴走とともに、中立的な報道ができなくなっている公共放送に対して恐怖を感じました」などのコメントも寄せられている。
 
 醍醐氏は参院特別委におけるNHKの「採決」「可決」報道について、次のように問題視している。(9月30日のブログ)

 ――参議院規則などどこ吹く風かのように、実況中継のさなかに、議事の模様を把握できないにもかかわらず、与党の進行シナリオに頼って、憶測で法案の「採決」「可決」を予断して発言することは、「NHKのニュースや番組は正確でなければならない。正確であるためには事実を正しく把握することが欠かせない」と定めた「NHK放送ガイドライン2015」(乙1号証②)に明確に反している。
 
 さらに、田中記者が、拙速な「採決」「可決」の速報を実況放送のさなかに発信したことは、委員会閉会の直後から、「採決」の存否をめぐって与野党が真っ向から対立した問題について、参議院規則を蹂躙する形で行われた架空の「採決」なるものを、あたかも実在したかのように正当化し、既成事実化する役割を果たしたと言って差し支えない。これは「放送は政治的に公平でなければならない」と定めた「放送法」第4条2号(乙1号証①)にも反する重大な過ちである。

 翌9月18日の朝日新聞デジタルは「虚を突く可決、周到に準備、自民、前夜からシナリオ」の見出しで伝え、その筋書きは周到に準備されていたと報じている。(乙3号証③)

 NHKの速報テロップと偏向報道についてはSNSを中心とするネット上でも批判の声が上がり、9月17日、作家の西口想氏はTwitterに「このテロップにGOを出したNHKの報道責任者は“歴史の犯罪者”じゃないか」と書き込み、同じく作家の山川健一氏は「NHKの犯罪。これがなければ“可決”にはならなかった。僕らは絶対忘れない」とリツイートしている。(乙3号証④)
 
 安保関連法案は野党議員から「採決、無効」の猛抗議を受けたが、翌9月18日深夜の参院本会議で強行採決され、可決された。そして国会の内外で「違憲立法」「採決無効」の激しい抗議の声があがり、9月18日には「STOP!違憲の安保法制」を掲げる弁護士さん225名が「安保関連法案の議決の不存在確認および審議の再開を求める弁護士有志声明」を発表。(乙3号証⑤)

 また9月25日には小中陽太郎氏、醍醐聡氏など、作家、ジャーナリスト、学者ら12名が呼びかけ人となった「安保法案の採決不存在の確認と法案審議の再開を求める有志」が山崎正昭参院議長と安保特別委・鴻池祥肇委員長への申し入れ書と賛同署名の提出に関する記者会見を行った。賛同する署名は5日間で3万2千筆に達した。

 参院特別委の議事録は10月11日に参院ホームページで公開された。議事録は「……場内騒然、聴取不能」までは未定稿と同じ内容だが、そのあとに与党判断で「質疑を終結した後、いずれも可決すべきものと決定した」と追記されていた。採決に続き、議事録の内容まで与党側が決めたと、野党は反発した。(乙3号証⑥ 2015.10.12東京新聞

 こうした動きの中で、私自身、NHKへの怒りと不信感が高まり、「受信料支払い停止」の動機につながった。
 「立憲主義の破壊」、「平和主義の破壊」が叫ばれた違憲立法=安保法制(戦争法案)をめぐる動きの中で、「健全な民主主義の発達に資する」ことを目的とするNHKの役割は、それとはまったく真逆で、戦後日本が築き上げてきた「議会制民主主義」の「破壊」に加担した歴史的暴挙と言っても過言ではない。

 

(3) 平成29年(2017)共謀罪法案をめぐるNHKの政権寄り偏向報道

 平成29年(2017)5月19日、政府・与党と日本維新の会は「共謀罪」法
案の強行採決に踏み切った。しかしこの日、NHKは国会審議を中継しなかった。さらに5月23日の衆議院本会議での強行採決も、国会中継を行わなかった。そして6月15日早朝、共謀罪法案(「組織的犯罪処罰法案」)は参議院本会議で強行採決され、成立した。
 共謀罪法案は「処罰対象のあいまいさ」「内心の自由の侵害」「日本が監視社会になる」という懸念など、憲法に抵触する「人権侵害」を含め、さまざまな問題点が指摘され、安保法制同様、学生、市民、学者など幅広い層からの激しい反対運動が展開されていた。

 別紙付表(乙4号証①)は、前出の視聴者団体「放送を語る会」が同法案の国会審議が始まる前の平成29年(2017)3月から国会が事実上終了する6月16日まで、NHKと民放キー局の代表的なニュース番組をモニター調査した報告書「共謀罪法案国会審議・テレビニュースはどう伝えたか」(2017.9.3発表)から抜粋したものである。
 付表はテレビ朝日報道ステーション」とTBS「NEWS23」が伝えたことで「ニュースウオッチ9」が伝えなかった事項を一覧にしたものだが、ここでも安保法制をめぐる報道と同様に、「政権にとってマイナスになる出来事や審議内容を極力伝えない傾向にある」ことが明らかに証明されている。
 
 同報告書は「ニュースウオッチ9」の報道について、「第1に、法案をめぐる政治の動きの紹介が主となっていて、言論人や専門家の意見によって問題点、争点を解明する手法がほとんどとられなかったこと」、「第2に、国会審議の伝え方で、一問一答の編集がよく見られ、政府答弁が印象付けられていた。また、全体に政府側の見解の紹介の分量が大きい傾向にあった」などと指摘。
 
 さらに第3の、最大の問題として「重要な審議内容や法案に対する国際社会からのメッセージを伝えず、ネグレクトした例がかなりあった」と指摘。その事例として「報道ステーション」が伝えた4月17日、4月19日、4月21日、4月25日、4月28日、5月9日、5月16日、6月1日の審議内容に注目。
 「これらの審議内容は、いずれも法案のあいまいさや危険性を浮き彫りにするもので、これだけの情報の脱落は大きな問題と言わなければならない」
 「加えて、国連人権理事会のプライバシーに関する特別報告者、ジョセフ・ケナタッチ氏の安倍首相宛書簡についての報道はニュースウオッチ9には見当たらない。ケナタッチ特別報告者の意見は、市民が共謀罪を考えるうえで重要な提起であり、テレビメディアがこぞって紹介しているのに、ニュースウオッチ9での無視は問題であった」と指摘している。(乙4号証②)
 
 まさに「政治的に公平であること」(放送法第4条1項2号)、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」(同第4条1項4号)などに違反し、国民の知る権利に応える公共放送の役割をここでも果たしていないと言える。
 ちなみにNHKは一般的な呼称として使用された「共謀罪法案」を、政府が示した名称「テロ等準備罪」または「共謀罪の構成要件を改めて、テロ等準備罪を新設する法案」を繰り返し使用した。

 元NHKディレクターでアクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」館長の池田恵理子氏は、Webメディア「IWJ」(注)のインタビュー(2017.5.29)で、NHKの放送姿勢を「言論統制の一種」だと批判し、「NHKだけを観ていると“共謀罪”の恐ろしさも、それを強引に推し進めようとする政権の酷さも見えないようになっている。こういう情報操作の積み重ねが、国民を“マインドコントロール”することにつながるのです」と語っている。
(乙4号証③)

(*注)Webメディア「IWJ」:出版社勤務、週刊誌記者を経たジャーナリスト岩上安身氏が設立したインディペンデント・ウェブ・ジャーナル。ジャーナリズムの新しい可能性を開拓して注目されている。


(4) 平成29年(2017)森友学園疑惑におけるNHKの忖度報道

「私か妻が関与していたら、首相はもちろん国会議員も辞める」――。平成29年2月17日、安倍首相の国会発言を契機に、森友学園と国有地売却問題が一気にクローズアップされ、籠池夫妻逮捕、国会虚偽発言、財務省公文書改ざん、それに関わった近畿財務局職員が自殺するという痛ましい事件まで発展した。いまなおその真相究明と責任問題に終止符は打たれていない。
 この森友学園問題をNHKはどう報じたか。
 
 平成30年(2018)3月29日、2019年度NHK予算が審議されていた参院総務委員会で山下芳生議員(共産)が「NHK関係者と思われる内部告発文書が届けられた」として、次のような発言を行っている。
 「『ニュース7』、『ニュースウオッチ9』、『おはよう日本』などのニュース番組の編集責任者に対し、NHK幹部が『森友問題の伝え方』を細かく指示している。『トップニュースで伝えるな』『トップでも仕方がないが、放送尺は3分以内』『(安倍)昭恵さんの映像は使うな』『前川(喜平)前文科次官の講演問題と連続して伝えるな』。自ら(政治的)圧力にすり寄っていくような、忖度していくような情報と思われるが、こういう実態があるのではないか」。
 これに対して上田良一会長は「NHKとしては公平、自主自立を貫いて何人(なんびと)からの圧力や働きかけにも左右されることなく、視聴者の判断のよりどころとなる情報を多角的に伝えていくことが役割だと考えておりまして、これをしっかり守っていきたい」と原則論を述べるにとどまった。
 ――朝日新聞社会部記者の川本裕司著「変容するNHK~『忖度』とモラル崩壊の現場~」(花伝社刊 2019.2.5)の「まえがき」より(乙5号証①)。
 
 この内部告発の内容はかなり具体的で、「あからさまな指示」になっているが、日々、NHKニュースに接していると「なるほど、そういうことか」と合点がいく。まさに“忖度ニュース4原則”とも言える。
 足かけ30年、NHKを取材してきたという川本裕司氏の「変容するNHK」は「NHKのニュースはどう見られているか」から、不可解な会長人事、相次ぐ職員不祥事、人気キャスターの降板、受信料問題など、政権に翻弄される公共放送の裏側まで詳しく描き出している。

 森友学園報道を通して、NHKの忖度報道の実態をその現場からより具体的に描き出しているのが元NHK大阪放送局記者の相澤冬樹著「安倍官邸vs.NHK」(文芸春秋刊 2018.12.25)である。森友事件を追う記者の執念と政権に不都合な特ダネを抑えようとする上層部とのせめぎ合いがリアルに描かれ、副題に「森友事件をスクープした私が辞めた理由(わけ)」とあるように、「忖度せずにやりすぎると、記者を外される」という怖い実態にも触れている。

 たとえば、同書第6章「背任の実態に迫る特ダネに報道局長激怒」では――。
以下、一部引用。(乙5号証②)

 相澤記者は平成29年6月までに、「森友学園に国有地が大幅に値引きされて売却された問題で、近畿財務局が売却価格を決める際に、学園側が支払える上限額を事前に聞きだし、実際にその金額以下で売却している」という情報を掴んだ。学園側と間に事前に具体的な金額の協議は行っていないとする財務省の説明とも食い違う形になっており、しかも買う側の都合に合わせて価格を決めたと思われる行為で、財務省の背任行為を強くうかがわせる特ダネである。

 しかしこのネタはすぐには放送されなかった。上司の社会部長に報告すると「これだけの大ネタですから報道局長に報告しないといけない。国会会期中なので、報道局長がうんというはずがない。少し待ってほしい」と。「6月の人事異動で交代した小池報道局長は安倍官邸に近く、こんな政権にとって不都合なネタを歓迎するはずがない」という。

 社会部長が小池報道局長を説得して、ようやくこのネタがニュースとして放送されたのは7月26日夜の「7時のニュース」だった。ところがその夜、小池報道局長から大阪の報道部長に激怒の電話が入る。「私は聞いていない」「なぜ出したんだ」。その怒りの声は「私にも聞こえるほどの大きさだった」。
 電話を切った報道部長は苦笑いしながら言った。「あなたの将来はないと思え、と言われましたよ」。その瞬間、「私は、それは私のことだと思った」。
 このネタの続報が翌日の朝用に準備されていたが、小池報道局長の怒りを受けて何度も書き直され、意味合いを弱められた。さらに翌朝のニュース「おはよう日本」でのオーダーも、後ろの方に下げられた。

 「かくて、忖度報道が本格化していく」
 ――と、相澤記者はこの章を締めくくっている。
 相澤記者は翌平成30年5月「記者を外す」という内々示を受け、それを契機にNHKを辞め、大阪日日新聞で森友事件を追い続けることになる。
 NHK内部の官邸忖度を裏付ける生々しい一幕と言える。

 また同書第11章「『口裏あわせ』の特ダネに圧力再び」では――。
 以下、一部引用。(乙5号証③)

 平成29年(2017)2月17日、衆院予算委で森友問題を追及された安倍首相が「私と妻が関係していたら、総理も国会議員も辞める」と発言した直後の2月20日財務省が直接、森友学園側に「トラック何千台もごみを出したことにしてほしい」という「口裏合わせ」を行っていたという特ダネを突き止める。学園側は「そんな事実はないからできない」と断っている。
 相澤記者はこのネタをまず、森友事件の取材で協力している東京社会部のXデスクに話した。Xデスク曰く、「これは大阪では言わない方がいいですよ。大阪のデスクに言ったらすぐ報道局長に伝わってしまう。そうなるとなんやかんやと介入されてネタをつぶされてしまいます」。そこで相澤記者はXデスクとやり取りしながら詰めの取材を進め、Xデスクの上司の社会部長に小池報道局長とかけあってもらうことにした。
 そして財務局のZ氏と接触を重ね、「口裏合わせ」の裏付けをとり、ついに4月4日の「クローズアップ現代+」と、それに先立つ「7時のニュース」で放送されることが決定。ところが放送当日の夕方、Xデスクから電話があり「放送が出せないかもしれない」と告げられた。小池報道局長が「野党に情報が洩れている」という理由で激怒しているという。
 結局、この特ダネは「ニュース7」のいちばん最後の項目で放送された。その日の暑さのニュースより後に、さりげなく目立たない形で。しかし相澤記者が当初から望んでいた「クローズアップ現代+」での放送は流れた。
「なんでこのネタをクロ現に出さないんですか。私はクロ現に新事実を出そうと努力してきた。なぜこれを落とすんですか!」
 担当記者、ディレクターと幹部が集まる編集室で、このとき相澤記者が叫んだ言葉が、この本の帯のフレーズ「なぜ放送されないんだ!」になっている。
 
 特ダネ1本で大臣の首が飛び、内閣が倒れることもある。しかし安倍政権は度重なる疑惑や不祥事が起きても生き続けている。その背景には、政権に忖度して放送されない特ダネや放送されても薄められ、目立たなくされてしまった特ダネの山があるのではないか。その一端を国民の受信料で支えられている公共放送のNHKが担っている。相澤冬樹著「安倍官邸vs.NHK」はそういう思いを強くする報告書でもある。

 同書の内容について、平成30年12月19日のNHKの定例会見で編成局計画管理部長が「主要な部分において虚偽の記述が随所にみられる」とコメントを読み上げているが、何が虚偽か具体的には明かしていない。報道局長に次ぐ立場の編集主幹の一人も同様の発言をしている。
 これに対して相澤冬樹氏は朝日新聞WEB RONZA(2019.1.17)で、「この二人は私とNHK入局が同期で、公私ともに密接な付き合いを重ねてきた同志。立場上、あのように言わざるを得ないのだろうと推測している」と語っている。(乙5号証④)
 
 忖度報道の司令官と目される小池英夫報道局長については、5階にある自室から2階のニュースセンターへ電話で指示を飛ばしてくることから“Kアラート”の異名で週刊誌やSNS上で取り上げられることもある。
 週刊新潮2018年4月19日号は「”みなさまの声“より”官邸の声”NHK報道局長の”忖度“放送」という記事を掲載。”Kアラート“の実態を紹介し、「小池報道局長が直接やり取りしているのは安倍総理の懐刀で影の総理とも呼ばれる今井尚哉秘書官」とのNHK報道局幹部の声を伝えている。(乙5号証⑤)


(5) 平成29年(2017)加計学園疑惑におけるNHKの忖度報道

 安倍首相が“腹心の友”と呼ぶ加計幸太郎氏が理事長をつとめる加計学園岡山理科大学獣医学部の新設が平成29年(2017)11月14日、林芳正文部科学相によって認可された。同日、その経緯が不透明だと告発した前川喜平前文科事務次官は「我が国の大学行政に大きな汚点を残しました」という談話を発表した。
 この年の5月24日、前川前次官が「行政が大きくゆがめられた」として、「総理のご意向文書は本物です」「あったものをなかったことにはできない」などと公の場で告発の証言に踏み切ったことから、加計学園疑惑は一気に火を噴き、メディアでも大きく取り上げられることになった。
 そこでNHKはこの加計学園疑惑をどう報じたか。どう報じなかったか。

 前出の川本裕司著「変容するNHK~“忖度”とモラル崩壊の現場~」の中で、NHKの加計疑惑報道に触れている。
 以下、一部引用。(乙6号証①)

 安倍首相が“腹心の友”と呼ぶ加計幸太郎・加計学園理事長に対する官僚らの忖度があったのではないかと疑念を読んだ加計学園問題では、内閣府文部科学省の手続きを促す内容を裏付けるものとして、5月16日の午後11時台のニュースで文部科学省の内部文書を他社に先駆けて報じた。その際、文書にあった「官邸の最高レベルが言っている」などの部分を黒塗りにして画面に出すなど、官邸に配慮したと受け止められるような不自然さがあった。
 NHK関係者によると、加計学園問題を取材する社会部に対し、ある報道局幹部は「君たちは倒閣運動をしているのか」と告げたという。5月16日の第一報後、社会部がこの問題についてのスクープ的情報を含む原稿を提案しても、通常のニュース枠で放送されることがなかった、という。
 
 また前川前次官は6月23日、日本記者クラブの記者会見で「私に最初にインタビューしたのはNHKだが、放送されないままで、いまだに報じられていない」と述べている。
 この件について前川前次官は「日経ビジネスオンライン(2017.9.7)のインタビューで次のように発言している。
 「上からの圧力があったのでしょう。私に接触してきた記者さんは、ものすごく悔しがっていました。それで社会部の取材してきた人たちが、せめてこれだけは映してくれと言って、最後にちらっと映したと。自分たちは取材で先行しているという意地ですよね」。

 平成30年(2018)10月7日、長い間、疑惑に沈黙を続けていた加計理事長の記者会見が行われた。この会見で、Web情報メディア「リテラlite-ra-com」は「NHKは現場の記者が必死で質問していたのに会見内容をほとんど放送せず」の見出しで、次のような記事を発信している。(乙6号証②)

 ――たとえば、“首相官邸で面談が行われたのは渡邉事務局長が柳瀬首相秘書官と面識・パイプがあったためだが、柳瀬氏といつどこで会ったのかを渡邉氏は覚えていない”とする加計学園側に対し、NHKの記者は「一学園事務局長が総理秘書官にいつどこで会ったのかを覚えていないというのはにわかに信じがたい」と厳しく追及。
 安倍首相と面談したとされる2015年2月25日に加計理事長は何をしていたのかを問い、「覚えておりませんですねえ」と答える加計理事長に、「明確に否定されるのであれば根拠を」「(記録も記憶もないのであれば)あっていないとも言えないですよね」と食い下がり、出張記録の提出を求めた結果、事務局長から「のちほど対応させていただく」という回答を引き出した。
 このNHK記者の厳しい追及の模様は『NEWS23』や『報道ステーション』でも放送されたのだが、NHKは会見が開かれた7日当日の18時と翌8日の早朝5分枠であるストレートニュースで短く伝えただけ。7日の『ニュース7』をはじめ、翌8日の『おはよう日本』や『NHKニュース』『ニュースウオッチ9』で一切取り上げることはなかった。

 前出「変容するNHK」の中で、川本裕司氏は「事実を掘り起こそうとする記者がいる。それを牽制しようとする幹部がいる。上層部は現場任せにする。こうした力学の結果が、日々のニュースに反映されている」と指摘している。

(6) 平成31年(2019)統計不正問題=小川淳也議員による根本大臣不信任決議案・趣旨弁明を悪意ある切り取り編集で貶めたNHKニュース

 平成31年3月1日、衆議院本会議において、根本厚生労働大臣不信任決議案が野党より提出され、この間の統計不正問題を追及してきた小川淳也議員(立憲民主・無所属フォーラム)が1時間48分にわたる趣旨弁明を行った。
 この小川議員の趣旨弁明演説を同日3月1日夜のNHKニュースウオッチ9」が報じたが、その報じ方が「あまりにもひどいものだった」として、上西充子法政大学教授がその放送内容を全文書き起こし、NHKの映像がどのように悪意に満ちていたかの分析・解説を「ハーバー・ビジネス・オンライン」(2019.3.6 扶桑社)に発表している。(乙7号証①)

 上西教授はまず小川淳也議員の1時間48分にわたる渾身の演説を独自につけた27項目の見出しでおおよその内容を紹介し、その上でNHKの報じ方はは「あまりにもひどく、悪意ある編集により、小川議員はあたかも、政権を皮肉り、無駄に水ばかり飲み、いたずらに時間をつぶして喜んでいる礼儀知らずの議員であるかのように報じられていた。そして、自民党議員の反対討論は、その小川議員の行為を諌めるものであるかのように報じられていた」と指摘している。

 以下、上西教授の解説を引用して一部を紹介する。

 ――第一に、小川議員自身の言葉が一つも紹介されなかった。紹介されたのは、冒頭の「つかみ」部分で、総務省の統計標語の募集に対してインターネット上にあふれた統計標語のパロディだけだ。まるで小川議員が、誹謗中傷だけで無駄に時間を埋めたかのような印象を与えるものだった。
 ――第二に、小川議員は無礼であるかのような印象を与えた。実際には趣旨弁明の開始時に、大島議長に対しても議場の議員に対しても深く一礼しているのだが、それは紹介されず、登壇のシーンに続いて、原稿を読み上げるシーンが流され、(アナウンサーの音声がかぶせされ、何を語っていた場面かは読み取れない)、一礼した場面は紹介さなかった。それに対して、自民党の丹羽議員については、議場の議員に対して深々と一礼するシーンが流された。
 「途中、何度も水を飲む姿に、議長は」というアナウンスも、いたずらに水ばかり飲み、無駄に時間を費やしているかのような印象を与えるものだった。また引いたカメラで、水を飲む小川議員と、その背に向かって注意する大島議長、というシーンをとらえることにより、無礼な議員、という構図を示した。
 
 実際には、大島議長が小川議員に注意したのは、1時間48分のうちで、二度だけ。消費税に触れた場面で「少し早めてください」という発言があった。さらに結論のところで、「(与党の)不規則発言に答えず、進行してください」という発言があった。
 しかし、大島議長の「少し早めて」という注意に続いて、その注意に拍手で応える与党議員を映し出すことにより、議長も議員もうんざりしている、という印象を与える描き方だった。

 ――第三に、苦笑いしつつ原稿を振りかざした小川議員の様子に「趣旨弁明は、二時間近くに及びました」というアナウンスをかぶせ、うんざりした様子の自民党橋本岳議員の姿を映しだした場面は、いたずらに時間をつぶしてヘラヘラと小川議員が笑っているかのような印象を与えるものだった。
 実際には原稿を振りかざした場面は、結論に至る直前だ。本当はまだ、4割ほども語り残した原稿があった。しかし、無念の思いで諦めた、その苦笑いをとらえたものだった。

 ――第四に、自民党の丹羽議員による「このたびの野党諸君が提出した決議案は、まったくもって理不尽な、反対のための反対。ただの審議引き延ばしのためのパフォーマンスであります」との発言は、小川議員自身の発言が一言も紹介されていなかったため、説得力を持つもののように紹介されていた。
 適切に小川議員の演説の要点をNHKが紹介していれば、この丹羽議員の発言こそが、「まったくもって理不尽な」、小川議員の指摘に対する「反対のための反対」であり、小川議員の指摘が当たらないかのように印象付けるための「パフォーマンス」であったことが、視聴者に理解されただろう。しかし、そのようには紹介されなかった。
 ――第五に、自民党の丹羽議員による「国民の誰ひとりとして、このような無駄な時間の浪費を望んでいないことに、どうして気が付かないのでしょうか」という発言。(上西教授は)これを、野党議員を支持する国民を排除する発言と受け止めたが、NHKは「誰ひとりとして」という排除的な発言を、もっともな指摘であるかのように紹介した。

 ――第六に、小川議員の趣旨弁明演説の前に根本厚生大臣の、余裕の笑顔のような表情を映し出し、最後にも根本大臣の発言を紹介することによって、小川議員の趣旨弁明演説はなんら根本大臣に「刺さる」ものではなかった、という印象を視聴者に与えた。

 実際には小川議員は、いたずらに時間をつぶして採決を引き延ばしていたわけではない。いかに統計への政治介入の問題が深刻な問題であるか、いかに人事権を全権掌握した安倍政権が官僚に真実を隠させ、組織のモラルを崩壊させているかを、真摯に説き、モラルの立て直しと、社会の立て直しに向けて、自らの決意を述べたものであった。
 毎月勤労統計の調査手法が官邸の介入により不透明な形で変更され、前年からの実際の賃金の変化の動向が把握できない状況のままに予算案が可決されようとしていることに対しても、小川議員はこう語っていた。
 「一刻も早く、統計委員会が重視をし、連続性の観点からも景況判断の決め手となる、サンプル入れ替え前の継続事業所の賃金動向、すなわち『参考値』をベースとした実質賃金の水準を明らかにすることを求めるものであります」
 
 NHKの制作者は、小川議員の演説を聞きながら、丹羽議員が言うように「まったくもって理不尽な、反対のための反対」だと受け止め、その丹羽議員の指摘を報じたのだろうか? そうではなく、それぞれの主張を公平・公正に並べたというのなら、小川議員の指摘の要点をなぜ紹介しなかったのか。
 このようなNHKの報じ方にはツイッター上では批判の言葉があふれた。しかし、NHKを見ている人には、このNHKの切り取り編集の悪質さは伝わらない。野党議員が国会質疑の時間を無駄に浪費している、そのように受け止めただろう。そう考えると、何とも言い難い思いに駆られる。しかし、そうやって政治にうんざりして関心を失うことこそが、政府・与党が狙っていることなのだろう――と上西教授は指摘している。

 この悪意ある切り取り編集で貶めたNHK報道は「政治的に公平であること」「報道は事実を曲げないですること」「意見が対立している問題には、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と定めた放送法第4条に明らかに違反しており、政府・与党にあからさまにすり寄ったニュース報道の典型であると言える。

 この3月1日のNHK報道について、同月14日の衆院総務委員会で小川淳也議員自身が質問に立ち「野党の主張を報道の骨子に取り入れてない。政権与党に都合のいいことを言う(報道)との批判がある」と指摘した。それに対してNHKの木田幸紀専務理事は「自主的な編集判断」と繰り返し答弁。野党が反発して委員会審議が中断すると「結果としてこのようなご指摘をいただいたことは真摯に受け止める」と述べた。
(乙7号証② 朝日新聞デジタル2019.3.14)

(7) リベラル系週刊誌「週刊金曜日」と保守系月刊誌「月刊日本」によるNHK批判特集

 今年(2019年)に入って、リベラル系週刊誌とされる「週刊金曜日」2月15日号(金曜日発売)と保守系雑誌とされる「月刊日本」4月号(K&Kプレス)がNHK批判の大特集を組んだ。
 「週刊金曜日」は安倍晋三首相の「支持率高止まり」はNHKのおかげ――。これは民主主義の危機ではないのかと、最近まで問題となった番組を具体的に検証しながら、その問題点を指摘している。
 以下、見出しタイトルと執筆者。

エスカレートする政治部の忖度報道
・・・永田浩三武蔵大学教授・元NHKディレクター)
○勤労統計不正調査に見る作為の実態
・・・醍醐聡(東大名誉教授)
○「安倍目線」を解説する岩田明子「解説委員」
・・・山崎雅弘(評論家)
○なぜ首相の「サンゴ発言」を検証せず放置したのか
・・・戸崎賢二(元NHKディレクター)
○ここまで偏向している「アベチャンネル」の具体例
・・・本誌取材班

 「月刊日本」はいま、NHKが異常事態に陥っているとして、特集名がズバリ「安倍様のNHK」。なぜNHKの報道はここまでおかしくなってしまったのか、いまNHK内部で何が起こっているのか。長年、NHKで活躍してきた永田浩三氏と相澤冬樹氏にインタビューしている。

○岩田明子記者の虚報
・・・永田浩三武蔵大学教授・元NHKディレクター)             
○握りつぶされた森友スクープ
・・・相澤冬樹(大阪日日新聞論説委員・記者・元NHK大阪放送局記者)

 両誌とも興味深い切り口でNHKの忖度報道、偏向報道の実態にスポットを当てているが、NHKの視聴者・受信契約者としてこういう特集を読んでいると、NHKに対する怒りや不信感が増幅してくる。

 「週刊金曜日」の「なぜ首相の“サンゴ発言”を検証せずに放置したか」(戸崎賢二)と「月刊日本」の「岩田明子記者の虚報」(永田浩三)を乙8号証①②として添付する。

 

まとめ

 平成29年(2017)12月6日、最高裁大法廷は受信料契約を義務付ける放送法64条の規定は「合憲」とする判断を行った。
 判決では「特定の個人・団体・国家機関等から財政面での支配や影響が及ぶことのないように、広く公平に負担を求めることによって、事業運営の財源を受信料によって賄うこととした」としている。
 これは特定の個人・団体・国家権力から影響されることなく、受信料で支えることは「憲法の保障する『国民の知る権利』を実質的に充足すべく採用され、その目的にかなう」からであるとし、国民の知る権利を充足する役割をまさに合憲の根拠としている。(Economic News 2017.12.17)(乙9号証②)
 
 NHKの上田会長も平成30年度グループ合同入局・入社式で、この最高裁大法廷判決を紹介し「受信料制度は国民の知る権利を実質的に充足し、健全な民主主義の発達に寄与することを目的にしたもの」であること、NHKはその目的を果たすために存在することを自覚し、「公共性と視聴者の信頼ということを常に心がけておいてほしい」と講話した。(Economic News 2018.4.8)(乙9号証③)

 しかしながら今日のNHKの官邸寄り・政権寄り報道は、この平成29年12月の最高裁判決に照らしても、受信料制度の根幹を踏みにじっている。上田会長の講話も空念仏に過ぎず、この最高裁判決を理由に受信料を請求する資格も私は認めない。
 同判決では「NHKからの一方的な申込みによって受信料支払い義務を発生させるものではなく、双方の意思表示の合意が必要であることは明らか」としている。私はいまのNHKの報道及び受信料請求行為には全く同意も合意もできない。

 国際NGO国境なき記者団」(本部・パリ)が発表した2019年度の「報道の自由度ランキング」で日本は世界180か国・地域のうち、前年と同じ67位。「多様な報道が次第にしづらくなっている」と指摘されている。ちなみに民主党時代の2010年には11位だったが、次第に順位を下げ、モリカケ疑惑や共謀罪問題が噴出した17年度は72位まで落ちた。(日経新聞2019.5.20)(乙9号証④)
 いまこの国の報道ジャーナリズムは”統制“と”忖度”が入り混じり、危機的状況にある。このような状況下で憲法改正の道が開くことを私はいちばん危惧する。もし国民の知る権利に寄与することを自覚しているなら、NHKはこの危機的状況を打破する先頭に立ってほしい。 

 私はNHKが公共放送として「健全な民主主義の発達に資する」ことを目的とする放送法を尊守し、放送ガイドラインが示す「自主・自立」を貫き「正確」で「公平・公正」な報道機関として「国民の知る権利」に応えるという責務を十分に果たす日が実現した時、受信料支払いを再開したいと考えている。
 それがこの国の言論・報道の自由と、私の孫の未来の正常化につながっていくからである。